技術者からボートレース選手に 106期卒業生の森野君
*内容は全て記事作成時のものです
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この3月、福岡県柳川市のやまと競艇学校から第106期の訓練生22人(男子19人、女子3人)が巣立った。この期から年齢制限が引き上げられたため、社会人を経験した後、ボートレース界に身を投じた若者も少なくない。山口県周南市出身の森野正弘君(25)もその一人だ。挫折にめげず再チャレンジして子どものころからの夢を実現した森野君は、将来の賞金王を目指し、5月にボートレース選手としてのスタートを切る。
森野君が生まれた周南市には、徳山競艇場がある。父親もボートレースファンで、森野君は小さいころから将来はボートレース選手になりたいと思っていた。しかし、目が悪くボートレース学校受験をためらっていた。九州工業大学に進学してから目の手術をして受験したが、この時は不合格だった。大学を卒業した森野君は、出光興産に入社、製油所勤務を始めた。それから2年が過ぎた。

ボートレース学校を運営する日本モーターボート競走会は、106期生の募集に当たって従来の年齢枠を14歳以上21歳未満から15歳以上30歳未満に引き上げ、スポーツ競技歴による特別枠を新設するなどボートレース学校への応募条件を緩和する措置をとった。多彩な人材の中から次代を担うスター選手を発掘、育成するのが目的だ。この変更を知った森野君は再チャレンジし、合格した。製油所の上司や同僚は、会社をやめてボートレース学校に入るという森野君に驚きの目を向けた。
「そんな年齢(24歳)で夢を求めるのはうらやましい」という声のほかに「君にはボートレース選手は向かないよ」という厳しい意見もあった。だが、父親は「自分の人生なのだから、後悔しないように」と、森野君の選択を後押ししてくれたという。

学生時代、空手や陸上競技をやり、体力に自信はある。しかし、入学当初の訓練はきつく、10代の同期よりも動きの悪い自分を感じた。でも、彼らには負けたくないと思い、必死でやってきた。同期で戦う「リーグ戦」では、8戦のうち2勝することができた。卒業記念競走では優勝戦に残り、4位に終わったが、ボートレース選手として「将来は賞金王を取りたい」と言い切る。
選手としての目標は「周りから祝福される勝ち方」だという。それはどんなレース?と聞くと「きれいなレースです。見てくれるファンを感動させることです」という答えが返ってきた。指導教官は、森野君について「どの科目も器用にこなしたが、操縦面での思い切りのよさが物足りなかった。これが前面に出れば将来が楽しみ」という。第一線で先輩たちにもまれながら、そうした弱点を克服する戦いが間もなく始まる。