ハンセン病患者の外見と感染に対する恐れから、患者たちは何世紀にもわたり社会的烙印(スティグマ)を押されてきました。古代中国の文書、紀元前6世紀のインドの古典、キリスト教の聖書など、数多くの古い文書に残っている記述からも、ハンセン病は、有史以来、天刑、業病、呪いなどと考えられ、忌み嫌われてきたことが判ります。罹患した人びとは遠く離れた島や、隔離された施設へ追いやられ、自由を奪われ、「leper」という差別的な呼ばれ方で、社会から疎外された状態で生涯を過ごすことを余儀なくされました。
ハンセン病はもはや完治する病気であり、ハンセン病回復者や治療中の患者さえからも感染する可能性は皆無です。にも拘わらず、社会の無知、誤解、無関心、または根拠のない恐れから、何千万人もの回復者およびその家族までもが、ハンセン病に対する偏見に今なお苦しんでおり、こうした状況を是正する社会の取り組みは遅れをとっています。あらゆる時代、あらゆる場所で、国、地域社会、学校、企業、病院、あるいは宗教団体も含めた組織がハンセン病患者とその家族に対して行ってきたことは、まさに重大な人権侵害であり、彼らの尊厳を傷つけてきました。生涯にわたる強制隔離、社会サービスの制限、労働市場における差別は、ハンセン病患者に対する人権侵害のほんの一部にすぎません。教育、結婚、あるいは住む場所を見つけることにすら、かれらの前には壁が立ちはだかっています。
2003年、日本財団は国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)へのハンセン病をめぐる差別問題に関する働きかけを開始しました。2004年、国連人権委員会(当時)で「ハンセン病と人権」ついて日本財団が発表をしたことがきっかけとなり、同委員会の小委員会が「ハンセン病の犠牲者とその家族に対する差別の問題」の調査に着手しました。その後も日本財団はOHCHRおよび国連人権委員会/小委員会への働きかけや調査協力を継続し、小委員会での関連決議の採択を導きました。
一方、日本財団に呼応しハンセン病の人権問題に積極的に取り組む日本外務省は、2007年に笹川陽平会長を日本政府の“ハンセン病人権啓発特別大使”に任命し、日本財団と外務省とが一致協力して人権外交を展開する体制が整えられました。2008年、国連人権理事会(国連人権委員会から改組)において日本政府が「ハンセン病患者・回復者及びその家族に対する差別撤廃決議案」を提出(他58カ国が共同提案国)し、日本政府と日本財団が各国政府に理解と賛同を求めて回った結果、決議案は全会一致で可決されました。
この決議に基づき、国連人権理事会諮問委員会が差別撤廃のための「原則とガイドライン」を策定し、2010年12月には国連総会本会議にて、「ハンセン病の患者・回復者とその家族への差別撤廃決議」と「原則とガイドライン」が192か国の全国連加盟国の全会一致で採択されました。
ハンセン病にまつわる人権問題に関する啓発活動の一環として、WHOハンセン病制圧特別大使/日本政府ハンセン病人権啓発大使である日本財団会長笹川陽平の主導により、毎年1月の最終日曜日の「世界ハンセン病デー」に、ハンセン病と差別の問題について世界に訴える「グローバル・アピール」を発表しています。このアピールは、国際機関、各国政府、一般市民を対象に、ハンセン病が治る病気であること、治療は無料で受けられること、差別は不当であること等、ハンセン病に対する社会の誤解を解く必要性を訴えるものです。
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近年、尊厳の回復をもとめて、ハンセン病回復者自身によるグループが設立され、育っています。社会において「ハンセン病と人権」の問題を認知してもらうためには、このように当事者たちが声をあげることが非常に重要であり、効果があります。日本財団は、これまでに、世界30カ国以上に支部を持つアイディア(IDEA:共生・尊厳・経済向上をめざす国際協議会)、インドに700か所以上あるとされるハンセン病回復者コロニー(定着村)を中心とする同国の全回復者のネットワーク化を目指すナショナル・フォーラム、ブラジルの有力NGOであるモーハン(MORHAN:ハンセン病回復者社会復帰運動)などの設立や組織強化、東南アジア各国にある回復者組織のネットワーク化支援などを実施しています。また、世界で最もハンセン病の患者数が多いインド(2009年の新規患者は約13万人)に設立したササカワ・インド・ハンセン病財団を通じ、回復者の経済的自立や就業支援による社会復帰促進事業を実施しています。
ハンセン病患者・回復者が何世紀にも渡って背負っている社会的烙印(スティグマ)は、特定グループが被った最も広範な社会不正義のひとつです。世界人権宣言の第1条は、「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」と謳っています。ここにはいうまでもなくハンセン病患者・回復者も含まれるべきですが、いまだ社会的・経済的な差別は続いています。 世界人権宣言第1条を現実のものとするためには、ハンセン病患者・回復者が生まれながらに持っている権利が認められることが不可欠です。ハンセン病の人権問題を解消することが、全ての人間が基本的人権を享受し、尊厳をもって生きられる社会の実現につながるのです。