「国境を越える歴史認識」 日中対話求め同時出版



日中両国の歴史家が参加して近現代史の争点をまとめた「国境を越える歴史認識 日中対話の試み」が5月末、両国で同時出版された。内容に関し双方に異論がないわけではない。にもかかわらず双方の合意で同時出版に踏み切った意義は大きい。靖国参拝をめぐる歴史認識問題で首脳会談がストップするなど冷え切った状況にある両国関係の打開に向けた冷静な対話の糸口になると期待される。

本は笹川日中友好基金が2001年に立ち上げた「日中若手歴史研究者会議」メンバー(中国人3人、日本人8人)が5年間にわたって共同研究した両国の近現代史の成果を一冊にまとめた。日本語版は東大出版会、中国語版は中国社会科学院・社会科学文献出版社から5月末、同時出版された。
2部18章(380ページ)の構成で第1部「歴史の事実と歴史認識」では太平洋戦争前の事象に焦点を当て、日中関係の根底にある諸事件と歴史認識の枠組みを分析。第2部「和解のための歴史認識を求めて」では日中間に横たわる歴史課題を取り上げ、今後の展望を試みている。
冒頭の「はしがき」では中国側編者の劉傑・早大社会科学総合学術院教授が「敵対の歴史を有する両国民の歴史認識にギャップが存在する」と指摘した上で、「相手の『心』を思いやり、相手の主張に耳を傾け尊重することが、日本と中国が真の和解を実現する第一歩」と記している。
第4章では服部龍二・中央大総合政策学部助教授が「田中儀一首相が中国をはじめとする東アジアの侵略計画を天皇に上奏した」とされる田中上奏文に言及。中国やロシアに「本物説」を唱える研究者が多いのに対し、日本、米国は「偽造説」が主流とした上で、双方の論拠を検証。侵略の計画性、一貫性を強調する中国の歴史観と多様な選択肢や可能性を重視する日本の歴史観との違いを浮き彫りにしている。
歴史認識問題の大きな争点のひとつである南京事件(第6章)の記述は、楊大慶・ジョージワシントン大准教授が担当。「南京とその周辺での日本軍の犯罪が、第2次世界大戦の中でも屈指の典型的な残虐事件であるのは疑いの余地もない」としたものの、中国政府が一貫して堅持している30万人の犠牲者数に関しては「南京が受けた生命や財産の被害は必ずしも100%日本人の手によって加えられたものではなかった」「多くの主観的要素が含まれている」などとして追認するのを避けた。
その上で「戦争犯罪であっても歴史学的に理解を共有することは可能」と指摘し、単に“中国対日本”の視点ではなく、さらに広い視野で学術的な共同研究を進めるよう提案している。

次いで中国による日本の歴史認識批判の中核となっている靖国神社参拝問題(11章)。村井良太・駒沢大法学部専任講師が「戦後日本の政治と慰霊」と題し、1869年の設立から現在までの同神社をめぐる動きを分析。
戦死者の鎮魂と憲法問題が衝突した第1期(1952−75年)、公式参拝を定着させようとする動きが近隣諸国との外交問題に発展した第2期(75—86年)、さらに憲法問題から国際問題に決定的に変質した第3期(86年以降)に整理して争点をまとめ、「問題の即時解決は望みがたい状況にあるが、立場と関わりなく、冷静さと寛容さを維持することを求めたい」と言葉を結んでいる。
本はこのほか「満州国史の争点」「歴史教科書に見る日中の相互認識」「台湾の日本時代をめぐる歴史認識」「戦争賠償問題から戦後補償問題へ」など広範なテーマについて歴史的事実や双方の相違点をまとめ、日本側編者の三谷博・東大大学院総合文化研究科教授が「日本と近隣諸国の間には歴史認識という壁が横たわっているが、門がないわけではない。(この本により)ささやかではあるが、門の探し方を示そうとした」と最後を締め括った。

合同出版に関しては6月5日と16日に東京と北京でメディアを対象にした説明会を開催。東京では笹川陽平日本財団会長が「日中両国は既に経済的には一衣帯水の関係となっており、今後も協力関係を発展させなければならない」「歴史問題ではどこに認識の違いがあるのか互いに理解することが大切。5年間の共同研究とその成果を共同出版することで重要な第一歩を踏み出すことができた」とあいさつした。
また社会科学文献出版社の謝寿光社長は研究、研究に参加した3人の中国人学者がいずれも日本や米国での研究者である点に触れ「本書の玉のキズであるかもしれないが、出版によって大陸の研究者も広く議論に参加することができる」と出版の意義を語った。
北京の説明会では中国社会科学院近代史研究所の歩平所長が「EU(ヨーロッパ連合)の発展は1950,60年代に歴史認識の交流を行ったことが基礎になっている。私たちもようやく今から始めることができる」と共同出版の意義を評価した。

文責: 宮崎 正
写真: 森 啓子