「まりもマジック」 飛穂啓介さま
【講評】
「一つの血のつながりのなかで結びあって、結ばれあって、ともに元気をもらって生きていこうということ。これはとても素敵なコミュニケーションの作品であったと思います。」
(審査委員・大林宣彦氏)
審査委員の皆さんから大変評価をされました。すばらしい作品ですね。ナレーションの言葉がとてもよかったです。
おばあちゃんが敗戦を迎えられたって書いてあるね。今、私たちは平和ボケなんです。終戦っていっちゃいますけど、日本は敗戦なんです。終戦っていうとなんとなく共同体験のような気がするんですが、私たちはひとりひとりが敗戦を迎えたわけで。ちゃんと敗戦っておっしゃってくださいましたね。そういうところで、このおばあちゃまの痛みも喜びも私たちに見えてくる。作り方が本当にこのおばあちゃまに寄り添っておりますね。
そして一方で、これは赤ん坊の誕生の物語ですよね。赤ん坊の誕生の物語をこのおばあちゃまと対比させています。ジェネレーションが違うということはもう別の人間でもありますからね。それが一つの血のつながりのなかで結びあって、結ばれあって、ともに元気をもらって生きていこうということ。これはとても素敵なコミュニケーションの作品であったと思います。
あの赤ん坊のお母さんの昔の声が聞こえてきた。あの声が響いてくるところなど、作品の構成もとても自然でようございました。見事な作為のある、そういう意味では旧来のプロの作品のようでありますが、同時にそれをはるかにこえたアマチュアというよりも自然な市民の作品として、とても素敵な作品でございました。
「しま模様のサイ」 打村明さま(財団法人海外日系人協会)
【講評】
(審査委員・笹川陽平日本財団会長)
ブラジルを中心に、たくさんの方々がこの動画のように愛知県や群馬県などに来ていらっしゃいますが、中には子供の教育もままならないというような方々もいらっしゃいます。
そういった問題点を、こういう映像を通して社会に訴えていこうという、非常に野心的で、若者らしい作品でした。
映像のなかにもありましたように、作者が所属されています海外日系人協会は、日本に留学にきた若い日系人の方々が積極的に活動に参加し、とても団結力がある組織です。この方々が、それぞれの勉強の合間にこういうボランティア活動を通じて在日外国人のための相談役にもなろうと取り組んでおり、活動としても評価できるものだったと思います。
「夢の深度『カナヅチからトップアスリートへ』」 進藤之彦さま(オフィス マグネチカ)
【講評】
(審査委員・有森裕子さん)
この作品は、まず人間が人間に生まれてきてするべき姿というか、挑戦すべき姿というか、挑戦することへの緊張感というか、そういうものがすごく伝わってきました。自分も一緒に息を止めてしまったほど。見ていて息が苦しくなるくらい、すごく共感を覚えました。
もちろん、いろんなひとの生き方をいろいろに感じることも大事ですが、まずもって、自分自身の生き方、自分のいのちというもの、自分の可能性というものを追求することの素晴らしさというものを、すごく感じることのできた作品でした。
(審査委員・大林宣彦氏)
これね、非常にシンプルですよね。アスリートを撮る。本当は作品としてはね、真正面から見たいんです、あの顔をね。ところが、横から撮られています。これが有森さんね、邪魔になるんですよね。あのカメラって。そう、アスリートの前に立って撮っちゃいけないんです。常識人は。横からだけなんです。横からとっていることに私感動いたしました。最後にパフォーマンスが終わった後だけ、正面から撮られる。ここに撮り手と撮られ手のよい関係が感じられます。われわれ常識人の作品とは、お互いの関係ですから。よい関係が撮れたなあといったところで、とても素敵な作品でした。
「ぼくの未来地図」 社会福祉法人 全日本手をつなぐ育成会さま
【講評】
(審査委員・湯川鶴章氏)
こういったビデオを通じ、知的障害を持った方がどのようにして暮らしておられるかというのを記録され、公開されているのは本当に素晴らしいことだと思います。
ほんとに何気ないシーンがいっぱいあるのですが、その中で学べることがいくつもあって、「この子を産んでよかった」であるとか、レスリングの勝敗を覚えてほしいであるとか、人を思いやる気持ちを持ってほしいとか。そういった何気ない胸に刺さる言葉が出てくるので、見ていて感動を覚えました。特にレスリングで、子供が泣いていた時にほかの子たちが寄ってきて、抱き合うというシーンは印象的でした。
知的レベルというのは人間の価値の中でも、すごくマイナーな部分のものだと思うんです。だから知的障害を持っている方でも、人間の価値が高い方がたくさんいらっしゃるということを広めていただけることはありがたいと思います。
(審査委員・大林宣彦氏)
お母さんが語られていて、彼の後姿を見ている。ようやくひとりで歩きだした。キャメラも後姿からとらえていましたね。とても感動しました。ただ同時にこの展開が難しいですね。さあ、どなたの視点で撮るか。おかあさんの視点からも離れてしまうし。いろんなことを表現していただいたんですが、作品として、ひとつの感動をとらえようとすれば、キャメラはどの視点から撮られているのか、ここを注意していただくと、来年はきっとすごい賞がもらえるのじゃないだろうかと思いました。
「『Water is Life』~コレラに立ち向かう人々の記録~」 石橋和博さま(特定非営利活動法人ADRA Japan)
【講評】
(審査委員・三浦朱門氏)
この団体(ADRA JAPAN)が日本の人々に、いかにコレラという伝染病が大きな問題かということを訴えてきたか、そして解決のための具体的な方法を示し、これまで何をしてきたか、どれだけの効果があったか、しかもこれから先、どういう問題がなおも残っているかということをたいへん要領よくきちんと表現している。
そういう上手さ、隙のなさというものがあって、アマチュアの映像らしくなく、悪い意味で上手すぎるという印象をうけました。しかしながら、いちばん過不足なく説得力がある。そういう意味で私はこの作品に感心いたしました。
外側の人間が援助することの限界もあると思うのですけど、少なくともこの作品に関する限り、援助の必要性がなぞられている。
そのために私は、これにいい点をつけるより仕方がない。残念だけど仕方がない。そういうかたちで評価いたしました。
(審査委員・大林宣彦氏)
この作品はもっと私が見たという個人的な所にキャメラと思いが届けば、なおよかったですね。しかし、27歳の方、この活動をしっかりと描かれることで、個人的な表現の魅力というものはちょっと差し引かれたのですが、作品自体が一つのパフォーマンスとしてね、行動半径を広げていくということになったと、そういう意味では面白うございました。
「みんなで創った夢のろう学校」 玉田雅己さま (NPOバイリンガル・バイカルチュラルろう教育センター)
【講評】
(審査委員・下村健一氏)
非常にこの作品の特徴というのは、やっぱり「音」ですよね。静けさにおいてもっとも究極がこの作品だったと思います。インターネットという世界を通じて自由に表現できる、新しい時代の豊かさを見せてくれた作品だったと思いました。(上映会では応募者の希望により音声なしで上映。)
それからもう一点、最後の字幕。「聞こえない子供たちではなく、手話を使う子供たち」という、あの言葉。こうやってあの子供たちの実際の様子を見た後にあの言葉をぽんと出されると、それが伝わるんですよね、見ている人に。つまり「伝える」が「伝わる」に変わったのだと思います。こういうことって非常に大切で、動画の力を見せてもらった気がいたしました。
またぜひ次の作品を作っていただきたいんですけれども、そのときはVTRの中にはいま一つ伝わってこなかった、「みんなで創った」というのは何なのかを主題にした作品を、第二作で期待しております。
(審査委員・大林宣彦氏)
私も、ろうのご夫妻のことを劇映画にしましたが、映画に音をつけるべきか否か悩んで、音楽をつける時に一番困っちゃったんです。普通はこういうビデオって音符がはいるんです。音楽が付いてますよって。でもそんな情報みたって、聞こえなきゃ意味がない。むしろそれは失礼じゃないかと。それでモデルになったろうのご夫妻に意見を求めました。すると、こう答えてくれました。「大林さん、私たちは良い画面や良いドラマがそこにあると実は音楽を聴いていて、ひょっとすると音楽がない画面でも私たちは音楽を聴いているかもしれないんです。だから、この映画は全編音楽がついている映画にしてください。」と。
心に響いてこそ音楽であって、美しいもの、勇気のあるもの、夢のあるもの、これらすべてが音楽的な感動を私たちにくれるものなのだということを学び、感動を受けました。
手話にも方言がありまして、その時代の人々が一番自分たちにふさわしい表現が手話になるんですよね。それが文化です。文明というのは世界中を統一しちゃうんです。文化とはみんなの違いを理解し合って許しあって仲よくしていこうよ、と。みなさんの作品はまさに手話のような音楽作品でした。
「"あなたの夢、なんですか?" in カンボジア」 増渕鮎美さま(大阪大学大学院国際公共政策研究科)
【講評】
(審査委員・笹川陽平日本財団会長)
私もカンボジアにはもう20回以上行っております。フィリピンとかその他ではよくみる光景ではございますけれども、ああいう場所に一人で入って努力をされていらっしゃるというのは大変我々に大きな感動を与えました。
欲を言えば、もう少しゴミの山の映像がはっきりして、そして語りがもう少しはっきりしていたら、もっと説得力のあるものになったんではないかと思います。しかし、大変忙しい日常生活の中でこういうものにチャレンジしていただいたというその精神は深く感動しなきゃいけないものですし、これを機会にさらにすぐれた映像を出していただきたいと思います。
(審査委員・大林宣彦氏)
これはとてもすばらしい作品ですが、みんながキャメラを持つ時代になりましたからね、もう少し個人的に「私が見た」と。これまでの、マスコミといわれる大勢の人間がすぐれた専道といわれるプロだったときは、どうしても「我々」が観たという客観性にしかたどり着けなかったんです。でもこれからは、「私」が観たという視点に立てますから。私が見たというもっと個人的な所にキャメラと思いがいくといいなあと思いました。
「皆さんはもうプロでもアマチュアでもなく、一人の常識人、チャーミングな常識人としての表現者のプロですから、より自信をもって、「私」の世界をとっていただくといいと思います」
(審査委員・大林宣彦氏)
第1回日本ドキュメンタリー“動画祭”なんですね。映画祭、ビデオ祭、映像フェスティバル、いろいろございましたが、とうとう“動画祭”になりましたね。
この頃大学でも映像家と動画家が約半々ぐらいになりました。写真から活動写真、写真が動くということで映画、映像とまでなってきましたが、今皆さんが持っていらっしゃる機械も、もう写真のための機械あるいは映像のための機械という差別がなくなっています。静止画面、つまり、従来の写真を撮るのが、むしろ選んで撮らなきゃいけないという時代になってきました。思えば、私たちは動いているわけで止まっているわけじゃないですから。そういう意味で写真を撮ることの方がより演出的で、動画は日常をそのままうつしとるといえるかもしれません。
かつては動画、つまり映像映画は機材を極めたプロフェッショナルが撮るものでして、撮る人はまあ変人奇人でもよろしかろうということでしたが、これだけ全国民、全市民がキャメラを持って撮影をするという時代になりますと、むしろ常識人、あるいは「ちょっとチャーミングな常識人」こそがこういう作品をとる良い作者であるという時代になってまいりました。
そういう風に今回の受賞者の皆さんを拝見いたしますと、まさしくよい常識人、さらにちょっとチャーミングな常識人として表現をしていらっしゃる。
ビデオキャメラが皆様の手に持たれるようになってから約30年たちますが、30年前はアマチュアと呼ばれていた人が彼自身は同じ作品を作りながら、今世界の個人ビデオジャーナリストのトップになっているんですね。つまり、作り手は変わらず、ビデオをめぐる世間の常識が変わってきたということなんです。
そういう意味では皆さんはもうプロでもアマチュアでもなく、一人の常識人、チャーミングな常識人としての表現者のプロですから、より自信をもって、「私」の世界をとっていただくといいと思いますね。
「テレビをはじめ大手のメディアには、メジャーだからこその制約があります。だから、『おれはこうやりたいから、こうやって伝えるんだ』ということがすべて許されるインターネットという世界の表現が、とても羨ましいと思いました。」
(審査委員・下村健一氏)
実は今日の7作品というのは「音」において2つの傾向に分かれていたことが、私の印象に残っています。最初の『夢の深度』はまったく無音の世界があり、それから呼吸だけが聞こえる。あれは見せる作品というより聞かせる作品だなと思いました。
他には、桜の花を見に行くおばあちゃんと赤ちゃんの作品などは、淡々とただ語り続けるナレーションで、あの作品もある意味とても静かな、聞かせる作品だったと思います。
その一方で、大変残念ながらテクニカルにBGMがうるさすぎて、素材を味わわせたいのか調味料を味わわせたいのかが分からない作品もいくつかありました。せっかくそのものの持っている熱が、そこで削がれているのが大変残念です。
私は現在、土曜日の朝の「サタデーずばッと」というテレビ番組でレポートをやっているのですが、テレビをはじめ大手のメディアには、メジャーだからこその制約があります。だから、「おれはこうやりたいから、こうやって伝えるんだ」ということがすべて許されるインターネットという世界の表現が、とても羨ましいと思いました。
これは、このドキュメンタリー動画祭がこれからもずっと続いていく中でチャレンジする皆さんに認識しておいていただきたいのですが、「伝える」と「伝わる」は全然違います。
みなさんがずっと、一生懸命伝えてきた言葉であっても、「伝わる」かどうか、その保証はありません。しかし『みんなで創った夢のろう学校』が最後の字幕に「聞こえない子供たちではなく、手話を使う子供たち」という言葉を紹介したように、こうやって実際の動画を見た後だからこそ、「伝えた」ものが「伝わる」に変わるのだと思います。