会長メッセージ

[ 2004-07-27]

一粒の種子


曽野綾子会長

イラクのサマワから宗教指導者2人、医療関係者3人、女性教師2人を日本に招いたいきさつは。

アメリカのやり方は、本当に愚かしいと思っているんです。民主主義がいい、と当人が思っているだけですね。確かに戦後の日本は、民主主義も解放も男女同権も、時間は少しかかりましたがうまく摂取しました。私も民主主義も解放も男女同権も好きですが、だからといってイラクでもうまくいくと思うのは大間違いです。彼らがしみじみ民主主義はいいな、と思うようにしなければいけないんです。

もう一つは、サマワに派遣されている自衛隊を、あの土地の人たちに守って欲しいのです。どういうことかと、はっきりと言えないけど、誰かがちょっと密告してくれれば危機を脱することもできる、誰かがコネを使ってくれれば大事に至らないかもしれない。そういうことのために、まず、サマワから女の先生、ことに小学校の先生をお呼びしたい、日本がどんなにいい所かを知って、それをしゃべってもらいたいと考えたのです。新潮45(7月号)にも書いたのですが、サマワにはいわゆるマスコミがない、マスコミがないと日本人はダメだと思うけど、女部屋のしゃべくりってうのがあって、みんな退屈だからそこで聞いたことを、またしゃべくるでしょ。だから、非常に伝播力が大きいんです。


日本財団の姉妹財団の東京財団(日下公人会長)の招待計画に、女性教師を追加したのは曽野さんの面目躍如・・・。

女の先生を偶数人呼んでくださいとお願いしました。偶数人というのは理由があって、私もイラクでは女だけでは旅行しないということは、薄々知っていました。一人で女性をシングルの部屋にお泊めして、何かおかしなことがあったと言われると、父親が国に帰ってから名誉の殺人と言って娘を射殺しなければなりません。ですから二人ずつお泊まりいただいて、淫らなことは一切無かった、と絶対の証とするのです。そこまで配慮しないとダメなんです。

佐々木良昭さん(東京財団研究員)をはじめ、東京財団の方に随分ご苦労をおかけしました。男の保護者がいないと旅行を認めないから、若い方のドクターのお母様が勤めている小学校の女の先生を連れてきてくださった。クウェート国境までお迎えに行って、国交はないんですけど、クウェートの日本大使館でビザの緊急発給をしていただいて、今回はうまくいったんです。でも一度道が付くと、あの先生たちがその子どもにしゃべり、従兄弟たちにしゃべると、おふくろさんの友だちにも、日本っていい国だと、そうすると次の方たちもきっとお見えになる。

9月には第2陣をお願いしています。これからは、サマワだけでなくイラク全土に広げたい、そのための受入れセクションをつくりたいと考えています。日本にお呼びする方が、お金が漏れなくて、確実に日本のシンパを増やすことができますから。人的交流を通じて、一粒の種子を蒔く、それが各地に広がる。そうするとサマワの自衛隊に何かあったとき、夜中に1本の電話をかけてくれることによって危機を避けられるかもしれない。いろんな人が、いろんな段階で手を打っておけば、安全が保たれる。でも、これは自衛隊の安全のためだけではありません。イラクの復興のためでもあるのです。


イスラム教徒を伊勢神宮に、という発想はどこから。そういえばペルーの人質事件で尽力されたチプリアーニ大司教が来日したおり、湯島天神に案内しましたね。

そうそう、湯島天神にお連れしたら、もう少し居たいと帰らなくなってしまって。やっぱり宗教に対する感動って大きいんですよ。伊勢神宮参拝は、佐々木さんと私の発想です。佐々木さんは日本人では数少ないイスラム教徒、私はカトリック。私は「なんです、佐々木さんはイスラム教徒なのに」って言うと、佐々木さんは「そっちだってキリスト教徒なのに」とお互いに非難して大笑いでした。つまり、日本を理解してもらうためには、日本人の心の故郷、伊勢神宮というわけなんです、2人とも。

そうはいっても、私はどうなるか少し心配だったので、お祖父さまが神宮皇学館の館長をしておられ、ご自身も神主である日本財団の森田文憲常務理事に同行をお願いしました。もしイラクのお客様に失礼があったとき、事情を説明して寛大なお許しをとりなして頂けるのではないかと思いまして。
それと、行きの新幹線の中で私、ちょっと予防注射を打ったんです。同行の秘書の星野妙子さんは仏教徒、佐々木さんはイスラム教徒、私はクリスチャン、森田さんは神官。4人とも宗教は違いますが何もぶつからないんですよ、とイラクのお客さんたちに言っておいたんです。

外宮では、森田さんにお参りのお手本を見せてください、とお願いしました。森田さんはきれいな作法で拝礼され、私はその数歩後ろでハンドバックを地面に置き、見習って拝礼しました。数珠の音がするので見ますと、一番お偉い宗教指導者のアリー・アルマイーリ師が私たちと同じような仕方で静かに頭を下げていらした。ほんとうに驚きました。自然にこういう成り行きになったのは伊勢神宮の方々の寛大さと、200年先の遷宮用の木材まで回りの森で育んでいらっしゃる、その深い緑と五十鈴川の清流が、砂漠で生まれた人々の心の扉を開いたのでしょう。自爆テロの志願者に約束されている緑と清流の流れる天国を、生きながら目の当たりにしたのですから。みなさん、帰りたくない、とおっしゃったそうです。


食事や拝礼に気をつかったのでは。

伊勢神宮に参拝する前に小泉総理にお会いなさったんですって。総理は回転寿司とラーメンを食べ、100円ショップにとおっしゃったらしいです。イスラム教徒にはハラルという食物規制があって、豚はむろんだめですが、牛・鶏・羊も宗教的な特別の処理をしたもの以外は口にしません。自宅の夕食に女性2人をお招きしたのですが、用意した貝類は上がらず、即席のスパゲッティ・トマトソースとうちの畑で採れた新ジャガのフライに庭のパセリをまぶしたのが一番好評でした。

お祈りは1日5回、どこへ行ってもきちんとします。手足が洗えて、比較的静かな場所で、メッカのある西の方角を教えてあげればいいのです。そう、100円ショップは大変気に入られたそうです。特に女性は、カラフルな傘を買ったり。


日本を理解する上でよく考え抜かれたスケジュールだと思いました。サマワで「しゃべくり」伝播力が、どう威力を発揮するか想像するだけで楽しくなります。

1週間という短い滞在日程でしたが、小学校と上智大学、宝塚観劇、海上保安庁の巡視艇「まつなみ」の女性船長、建設現場の女性重機オペレーター、広島訪問、浅草見物、そして伊勢神宮参拝とありのままの日本を見て頂きました。

次はどうやったら費用とエネルギーを節約できるか考えていきます。私は女性たちに駅弁を詰めるところとか、スーパーのレジで働き家計の一部を担っている奥さんたちの姿も見てもらいたかった。女性たちにとって一番有意義だったのは子どもたちに囲まれた小学校訪問のようでした。これからは、その方の専門の現場で、見学ではなく一緒に働いてもらったりするのがいいと思っています。

ですから私はこの招へい事業をとても大事だと思っています。「一粒の種子」運動、人間の種子まきって大切ですね。日本にいらして日本を脚色なく見ていって欲しい。豊かな日本だけでなく、貧しい日本も。どんなに私たちが教育ということを信じてきたか。日本は地下資源のない国だから、教育によって生きなければならないんですね。それから、私に言わせれば、良質な電力によって私たちは近代化に成功したということ。

こういう企画は、常に消長があっていい。今はこれがいいが、数年たったらこれは一応終わり、次に何をするか。考えてみると、財団に求められるものは、自然に変わっているんですね。
それと、イスラム教徒をも感動させた伊勢神宮のたたずまいを再認識させられました。大学教師の息子は、伊勢神宮は社会人類学的資産だと言っていましたが、今度の式年遷宮には財団として奉賛したいと思っています。