現代の風景

《12》 1%のひらめきと99%の努力 ひたむきな青春

《12》 1%のひらめきと99%の努力 ひたむきな青春

発明王といわれたトーマス・エジソンは「天才とは1%の霊感(ひらめき)と99%の努力なり」という名言を残した。天才といわれる人でも物事を成功や完成に導くには、生まれつきの才能が占める部分は1パーセントで、あとの99パーセントは努力が必要なことを意味している。生まれつき目が不自由で、楽譜を読むことができないピアニストの辻井伸行さん(20)が第13回ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクールで優勝した。そのライブCDの輸入盤を聞きながら、エジソンの言葉を反芻した。
そのCDは全12曲あり、ショパンの練習曲集に始まり、ベートーベン、リストの曲と続き、最後に難易度が高いというジョン・マストの新曲が収められている。軽やかなテンポから優雅なテンポ、力強さがぐいぐいと迫ってくる辻井さんのピアノの世界に圧倒されながら、何度もCDを聴いた。きらめく才能という言葉が妥当かどうかは知らないが、私にはそう思えた。
辻井さんは、楽譜を点字で読むのではなく、音を耳で聴いて記憶するという。長い曲になればなるほど、覚えることはやさしいことではない。恩師である東京音大講師の川上昌裕さんは「聴覚感覚がずば抜けている。運動神経もよく、名人芸的な高い技巧を持ちながらてらわず、その音は純粋で真白いイメージだ。ハンディを全く感じさせず、次から次に難しい課題に挑戦し、どこまでも頑張る」と、辻井さん像を語っている。やはり、辻井さんは天才なのだ。だが、川上さんの言葉にもあるように努力家でもある。それが才能を開花させた大きな要因なのかもしれない。
辻井さんと同じように音楽の世界で若くして天才ぶりを発揮したのがヴァイオリンの庄司紗矢香さんだ。庄司さんは16歳の時、パガニーニ国際ヴァイオリンコンクールで優勝し、現在は国際的スケールで演奏活動を続けている。そんな庄司さんは画家である母親のDNAを受け継いだのか、演奏の合間に絵を描き、6月には東京で個展を開いた。心の中で鳴り続ける音楽を絵画に表現した抽象画からは、庄司さんの音楽への思いが伝わってくる。
「ある晩、ひとつのフレーズが頭の中で鳴り続ける中、キャンバスに向かった。すると、その時、初めて描くことによって、その音楽と自分の無意識的つながりが見えるのを知って驚いた」。すごい表現だ。頭の中で音楽が鳴り、それをキャンバスに描いていくという行為自体が凡人には、驚異に思う。現在、庄司さんはパリを拠点に活動をしている。パリにはルーブルをはじめとする美術館があり、演奏会の合間にそうした美の世界にも親しんでいるのだという。音楽と絵との両立は、そう簡単ではない。しかし庄司さんは挑戦する姿勢を持続させ、2つの芸術に取り組んでいる。
音楽の世界には「絶対音感」という言葉がある。楽器などの力を借りずに、音高を判別し、指定された音を他の音と比較せずに発声することもできる人の場合「絶対音感が備わっている」という。モーツァルトをはじめ、多くの大作曲家が絶対音感を持っていた。辻井さんと庄司さんにもこの才能が備わっているのだろうと思う。
だが、絶対音感の持ち主といえでも、音楽家として大成するとは限らない。絶対音感がなくとも、努力を重ね、大作曲家になった人もいる。1%のひらめきを99%の努力でカバーしたのだ。
天才でも努力が大切なことを強調したエジソンは、実は幼いころ苦労した。小学校では学習障害と発達障害を併せて持っていたといわれ、小学校を途中でやめなければならなかった。父親でさえ、さじを投げたというエジソンを教育したのは小学校の教師である母親だった。深い愛情に裏打ちされた教育が、後年の発明王誕生の原動力になった。辻井さんと庄司さんが才能の芽を順調に伸ばしたのは、周囲の支えと2人の懸命な努力があったからに違いない。