現代の風景

[ 2010-03-01]

現代の風景

石井 克則


《25》 地球の裏側と日本の架け橋に チリの日系2世

地球のどこかで
地球のどこかで

地球の裏側にあるチリで巨大地震が発生した。チリ」はどんな国かと聞かれ、答えがすぐに浮かぶ人はそういないだろう。片側が太平洋に、もう一方がアンデス山脈に面する細長い国土を持ち、女性大統領(ミチェル・バチェレ・へリアさん)が舵取り役を担っている国だ。バチェレ大統領は地震後、国民に冷静な対応と団結を呼び掛けた。チリの一刻も早い復興を祈りたい。

このチリをこよなく愛する日本人の父親とチリ人を母親に持つ一人の青年が、現在日本に住んでいる。「日本と南米の架け橋になりたい」という打村明さん(29)だ。打村さんの表情は柔らかい。接する人の気持ちを暖かくする不思議な魅力があり、彼の周りには南米からの留学生が集まってくる。

打村さんがチリのビーニャ・デル・マール大学を卒業して日本にやってきたのは2004年のことだ。大学で国際貿易を専攻した打村さんは、日本財団日系スカラシップの一期生として日本の国際基督教大学(ICU)大学院に留学。「ラテンアメリカの日系社会の統合」に関する研究を続けた。日系人たちの緩やかなネットワークづくりである。大学院を出た後は、横浜の海外日系人協会で日系スカラシップの留学生たちの活動支援を担当している。

打村さんの父親は日本の外交官として長い間南米を担当し、2000年に定年退官、現在はチリに住んでいる。サンティアゴのチリ大使館勤務当時、日本への留学を希望して大使館にやってきた母親と知り合い、結婚した。父親は転勤が多く、コスタリカで生まれた打村さんはその後パラグアイ、ボリビア、エクアドル、エルサルバドル、日本、スリナム共和国、チリという各国での生活を経験する。日本では中学3年から高校2年生までの多感な少年時代を送った。ピースボートに応募して2007年3月から12月までの10ヵ月、23カ国を回る体験もしている国際人だ。

打村さんと初めて会ったのは、打村さんら日系留学生たちが岐阜県美濃加茂市にある「ブラジリアン・スクール」を訪問、中南米出身の児童・生徒らに進路指導などの「出前授業」した2008年2月のことだった。打村さんはピースボートに乗船したときに始めた趣味だというビデオカメラをずうっと回していたのが印象に残った。これが、2009年嬉しい結果をもたらす。出前授業を題材に応募した作品が日本財団の第1回動画祭で「海外撮影体験」という特別賞をもらったのだ。2月下旬から1週間の予定で厳寒のモンゴルに出かけており、また面白い作品ができるかもしれない。

日系スカラシップの一期生には、パラグアイから札幌の天使大学に留学した妻の日系3世(旧姓上杉)リディアゆきさん(26)がいる。打村さんとゆきさんは来日後知り合い、遠距離交際を続けていた。2人は2008年8月、富士登山をした。富士山の頂上で、打村さんは結婚を申し込もうとしたが、高山病でフラフラになってしまって断念、翌月の9月2日に横浜港から乗ったクルーズ船上であらためてプロポーズをした。この日は打村さんの誕生日だった。ゆきさんは涙を流してその場で承諾したという。ゆきさんは現在妊娠中で、4月に赤ちゃんが生まれる。

打村さんは、留学生の活動支援のほかにTOKYO MXテレビの情報番組「ザ・ゴールデンアワー」にもレギュラーで出演している。そんな打村さんは日本の若者の印象について「生きる目的を持った人は頑張っているが、それをまだ見つけることができない人が多いようだ」と厳しい見方をする。日本に対しても「恵まれた特殊な国だが、他の国と孤立しているように思える。国際ニュースはアメリカのことばかりだ」と、苦言を呈している。

打村さんは、当分日本での活動を続けるが、将来は家族とともにチリに戻り、ペルー産の素材を利用して「オーガニックカフェ」を開く夢を持っている。日本でも各地に増えつつある有機・無農薬などにこだわった素材の料理を提供するカフェだ。ペルーにはグリーンナッツオイル(アマゾンを中心に分布するトウダイイグサ科の多年性植物の実から取った油)やカムカム(ビタミンCの含有量では世界一のスーパーフルーツと呼ばれる。100gの果実にはビタミンCが2800mgも含まれるという)があり、打村さんはペルーの先住民と一緒になって、チリの人たちを対象にこうしたオーガニック食品の普及活動を考えているのだ。もちろん、妻のゆきさんもこの計画に大賛成だ。

打村さんにチリとはどんな国かと聞くと「中南米の日本」という答えが返ってきた。その意味は「経済が豊かで、安全。そして中南米で唯一時間を守る国」だというのである。モアイで知られるイースター島、アルゼンチン側が世界自然遺産に指定されているパタゴニアもチリにまたがっていて、美しい国立公園もある。そんな国が、日本ではあまり知られていないのが悔しそうだ。しかし、彼のことだ。持ち前の行動力と明るさを発揮して、チリと日本の距離を近づける大きな存在になるだろう。



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