現代の風景

[ 2010-04-19]

現代の風景

石井 克則


《29》 夏を愛するモンゴルの人々と 観光開発にかけるシニアボランティア

どこまでも広がる平原
どこまでも広がる平原

私たちは、ともすれば日本人の感覚で海外の人たちを見てしまう。だが、それは危険であることを、モンゴルに住む牧野卓夫さん(67)は何度も経験した。牧野さんに言わせると、モンゴルの人たちは春が嫌いで夏が大好きなのだという。春は雪が解け、砂塵が舞うが、夏は草が芽吹き、色とりどりの花が咲き誇るからだ。春を愛する日本人とはやや違う。旅行代理店勤務の経験を生かし、牧野さんは現在モンゴルで観光開発のアドバイザーをしている。牧野さんの目に、チンギスハンの国はどう映ったのだろう。

モンゴルを語る牧野さん
モンゴルを語る牧野さん

牧野さんには忘れられない現役時代の思い出がある。2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件直後の同月15日、この事件で行方不明になった当時の富士銀行(現在のみずほ銀行)行員の家族ら60人を連れて、ニューヨークの現地に入ったのだ。富士銀行はハイジャックされたユナイテッド航空175便が突っ込んだ世界貿易センタービル南棟に入居し、勤務中の12人が行方不明になった。日本から家族や富士銀行の関係者が現地に急行することになり、ニューヨークで勤務したことがある牧野さんが、添乗員として選ばれたのだ。世界最大級のビルが崩壊し、行方不明者は数知れない。それはつらい経験だった。

巨大ビルが瓦礫と化し、多数の命が消えた修羅場を経験している牧野さんに技能ボランティア海外派遣協会(NISVA)から、声がかかったのは旅行代理店を定年退職して静岡県韮山に引き込んでいた2005年のことだ。2004年12月26日に発生したマグニチュード9.0のスマトラ沖地震による大津波でスリランカも大きな被害(アジア防災センターによると、死者は4万6000人)があり、現地のNGOからリランカの観光産業復興に力をかしてほしいと要請されたNISVAは牧野さんにその役割を依頼したのだ。

当時、スリランカは独立を主張する反政府組織LTTE(タミル・イーラム解放のトラ)と政府軍の間で内戦状態が続いており、津波被害が重なって国内は混乱状態にあった。牧野さんは2005年10月にスリランカに渡り、現地NGOと協力し、日本の旅行代理店関係者を呼ぶなどして、世界遺産を生かせる観光開発を模索した。一時帰国を挟んで、スリランカには06年10月まで滞在した。

帰国し、NISVA顧問となった牧野さんにその1年後モンゴルへ応援をという声がかかる。MNTO(全モンゴル旅行業機構)から、同機構のスタッフを教育する人材を派遣してほしいという要請があったからだ。07年9月、牧野さんは単身でウランバートルに着任。同機構のアドバイザーとして活動を始め、週1回は日本語を学ぶ大学生を対象に日本人の習慣や生活などについて教えている。


モンゴルの子は馬と友だち
モンゴルの子は馬と友だち

牧野さんはモンゴルと日本を比較して「農耕民族と遊牧民の違いに集約される」と語る。それが日常生活の中で、随所に出てくるという。「葬式に行ったら、知り合いに話しかけてはならない。遺体にはお参りしない」「人を指差してはならない。けんかになる」「立ったままで物を食べてはならない。守らないと家畜が子どもを流産する」「人に謝意を表すことはない。(助け合って当たり前)あいさつも不要」—など、例をあげたらきりがない。ゲルを離れるとき、食べ物をテーブルに用意し、鍵をかけずに出ていく習慣もある。旅人に自由に食べてくださいという助け合いの発想なのだという。

あごひげがよく似合う牧野さんは、筆まめだ。スリランカ時代と今回のモンゴルの生活をNISVAのブログに書き続けている。例えばこんな話である。

少し離れたアイスバーンの道路で車両が急ブレーキをかけたきしむ音。反射的にその方向を見た時に「ガシャン!」という衝突音。来蒙以来、何件かの事故発生後の現場をみたことはあるが、その瞬間を見るのはけさが初めて。驚いたのは、両方の車両から出てきた運転者が最初に殴り合い・・・。たぶん自分が正しいと主張しあっているのだろうけれど・・・。片方の車は運転者1人、他方は3人が乗り合わせていたので、前車の運転者が殴ろうとしたら後車の同乗者が羽交い締めに。モンゴルではひとりで運転している時は、何が何でも衝突を避けること。殴り合うと不利になるから。(2010、2月10日の車両衝突より)


モンゴルの人々は夏が好き
モンゴルの人々は夏が好き

専門分野の観光について、牧野さんどう見ているのだろうか。首都ウランバートルから約400キロの東ヘンティ県に代表されるように、雄大な自然が美しい。東ヘンティ県ではオオカミのハンティング、幻の魚のイトウの釣りができ、お花畑が素晴らしいという。しかし日本人はチンギスハンのことは知っているが、本当のモンゴルのよさが日本には伝わっていないのではないかと、牧野さん。「国家としての収入源が少ないので、観光産業を活発にする必要がある。日本人の旅行者をもっと増やしたい」。大相撲の横綱・朝青龍の引退で日本とモンゴルの関係悪化が懸念される中、牧野さんはモンゴル観光の発展を祈る日々を送っている。



最新記事

現代の風景

《76》不安の時代をどう生きる  ムンクとピカソとトインビーと…

現代の風景

《75》60代からの挑戦  立山連峰とともに生きる作道さん


現代の風景

《74》みんなでやろう「おらほのラジオ体操」  被災地石巻から広がる笑顔の輪

現代の風景

《73》2011年も暮れる  東日本大震災を忘れまい