現代の風景

[ 2010-05-10]

現代の風景

石井 克則


《31》 登下校に時代の影 主婦が提唱した子どもの安全運動

子どもたちは純真だ
子どもたちは純真だ

小学生時代、私は道草を食いながら登下校をした。ある日は一人でさまざまなことを夢想し、ある日は友達とじゃれあいながら、時間をかけて歩いた。犯罪に巻き込まれることなど考えられない牧歌的な時代だった。しかし時が流れ、現代日本の状況はそうした時代とは大きく変わり、子どもを狙った犯罪が多発するようになった。そんな時代に、北海道の一人の主婦が中心になり、英国で始まった「ウォーキングバス」という子どもの安全対策運動を実践し、定着させた。それは大人と子どもが心を通わす時間でもあるという。

北海道苫小牧市は、道内有数の工業都市だ。新千歳空港に近く、製紙工場や石油コンビナートが林立、トヨタ自動車の工場もある。トヨタの工場に隣接する沼ノ端地区に住む主婦の佐藤一美さん(40)が立ち上げたボランティア団体、NPOエクスプローラ北海道がこの4月で5年。佐藤さんは、これまでの活動を振り返り、試行錯誤でやってきた「ウォーキングバス」の活動も軌道に乗ったと思うようになった。

秋田市出身の佐藤さんは、結婚して夫ともに札幌に移り、苫小牧に転居した。自宅周辺はトヨタの進出に伴い人口が急増していた。地区の幼稚園で英語を子どもたちに教えるボランティアをしていた佐藤さんは、自分の娘が通う拓勇小学校の児童たちを事故や犯罪から守ろうと2005年にエクスプローラ北海道を立ち上げた。

犯罪社会学専攻の小宮信夫立正大教授の指導で地域の安全マップを作成し、青パトという防犯パトロール用の車で登下校時のパトロールも始めた。隣接する校区で女児が刃物を持った男に追いかけられるという事件がその引き金だが、全国で子どもを狙った犯罪が次々に起こるという時代背景があった。昨年訪れたスペインでも、小学生の登下校には必ず家族が付き添うと聞いた。実際、下校時に母親と手をつないで家に帰る小学生の姿を見て、私の子どものころを思い出し「現代は子ども受難時代だ」と思わざるを得なかった。

小宮教授は「疎外感は非行へと走らせる危険因子だ」と指摘。「個人が他人や集団と結びつくことをサポートする学習環境や地域環境を整備すること、個人が他人や集団と結びつく力(対話を通して良好な人間関係を築く社会性)を身につけられるような教育が必要」(拓勇小、チーム・オレンジ通信4より)と説き、ウォーキングバスの効用を佐藤さんらに伝え、08年9月に「初運行」を迎える。

毎月1回目の登校日の定期便のほか、臨時便も運行し、子どもたちの通学に合わせ9路線を編成している。実際には登下校時に運転手役と車掌役の大人の間に子どもが並び歩く「見えないバス」で、子どもたちは手をつないだり、おしゃべりしたりして歩くウォーキングのメッカといわれる英国で始まった運動だ。バス運行は、子どもを犯罪に巻き込まれるのを守るのと同時に「見えないバス」ながら、地域の連携を「見える」形にしていると、佐藤さん。

毎朝、私が外を見ていると、決まった時間に一斉に登校する小学生の姿が目に飛び込んでくる。学校の周辺には、教師だけなく保護者や町内会の人たちが子どもたちを守るように立っている。このような「集団登校」の光景は全国で見られるが、ウォーキングバスのような形の登校は少ない。

3月に卒業した娘も含めた6年生の「ラストウオバス」(3月定期便)について、佐藤さんはブログに書いた。

「苫小牧の冬は、うちの中で空だけを見ているとまるでボンダビーチかハワイにいるような錯覚をおこすほど太陽がまぶしい。なのに、外へ出ると氷点下。卒業間近の6年生はジャンパーを着ている子もそうでない子もウオバスにたくさん乗車していました。この小学校のことを将来思い出したり、だれかに話したりするときにウオバスが走った日本で初めての小学校とディフィニションが入ればいいなあと思いながら、ひん死に近いデジカメを何とか奮い立たせ、笑顔を撮影しました」

5月。北海道にも遅い春がやってきた。エゾ桜も満開の季節だ。苫小牧の道路から雪は消え、色とりどりの花々が咲き誇る。花の香りが漂う苫小牧の街を、運転手役の大人に先導された子どもたちが歩いている。





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