現代の風景

《34》 地方再生へ歩き続ける人々 はてしない道でも

《34》 地方再生へ歩き続ける人々 はてしない道でも

これまで数多くのボランティアやNPO関係者に会い、話を聞いた。志が高く、私にはとても真似ができない行動力を持つ人がほとんどだ。ボランティアとNPOの違いは何か。ボランティアは、よりよい社会づくりのために個人が報酬を求めずに活動することを指し、そうした思いや志を持つ個人がつながり、組織化した非営利の団体をNPOというのが一般的だという。いずれにしてもNPOの関係者は、ボランティア精神に富んだ人たちなのである。
北から南まで、この日本列島で活動するNPO関係者は個性的な人が少なくない。そんな人たちのことを考えていたら、日本全国を歩き回り、古老たちから聞き取りを続けた民俗学の宮本常一の文章を思い出した。
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長い道だ。はてしない道だ。ずっと昔から歩き、何代も歩き、今も歩き、これからさきもあるいていく。それが人の生きる道だ。後ずさりのない道だ。前へだけあるいていく道だ。
歩くことに後悔したり、歩くことを拒否したり、仲間からはずれても、時は、人生は待ってくれない。時にしたがい、時にはそれをこえていく。そして、倒れるまであるく。後からきたものがわたしたちのあるいた先を力つよくあるいていけるような道をつくっておこう。(原文のまま)
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現代日本は東京や大阪、名古屋といった大都市への一極集中化現象が進み、地方は寂しくなる一方だ。地方では一人暮らしのお年寄りが増え、店舗はシャッターを閉めたままという「シャッター通り」が珍しくない。
そんな中で地方から日本を再生させようという運動をしている人たちがいる。長野県中野市のぶどう栽培農家に生まれ、山形県庄内地方で地域の文化伝承活動をする出川真也さん(31)は、高校生の時に開かれた長野冬季五輪(1998年)がいまの活動の起点になったという。長野県は新幹線も建設され、道路網も整備された。しかし、少年の目には「東京のまねばかりではないか」と映った。しかも農村から人は減り続け、過疎化現象が進行した。
「過疎化を防ぐ地域づくり」というテーマが浮かんだ。
大学で文化人類学を学んだ出川さんは、宮本常一のように、自分の足で全国を回った末、山形県戸沢村にひきつけられる。村と住民が一体になり、子どもたちに故郷の良さを教えようとしていたからだ。2003年村に移り住んだ出川さんは、「角川里の自然環境学校」を立ち上げ、子どもたちが豊かに生きるための知恵や技術を村民とともに指導した。その後、隣接する庄内町に拠点を移し、NPO里の自然文化共育研究所を運営、最上から庄内に至る地域に残る自然、生活の知恵を地域住民や都市の住民との交流を通じて再発見しようと活動を続けている。
出川さんの活動の根底にあるのは「最上川の魅力」である。流路延長は229キロ、一つの都府県のみを流域とする河川としては国内最長であり、芭蕉が「奥の細道」の中で「五月雨をあつめて早し最上川」と詠んだように、急流としても知られる。「長野県には、最上川に勝る川はない」という出川さんは、その虜になってしまったようだ。口の重い川漁師とも親しくなり、川を相手にした昔からの生活ぶりを聞き書きもしている。
出川さんより、一回りちょっと上で、同じ長野県出身(飯田市)の曽根原久司さん(49)も、農村の復活こそが日本の再生につながると信じている。バブル経済崩壊後まで東京を中心に経営コンサルタントをしていた曽根原さんは、山梨県北杜市で自ら農業をやり、「えがおつなげて」という農業支援のNPOを運営、農業関連の人材育成にも余念がない。
曽根原さんは「農村の復活のために、自分で試してみよう」と思い、それを行動に移し、思い切って山梨へと引っ越した。これまでの活動の中で試行錯誤があったことは想像に難くない。現在は「思いが形になるのを見ていると、興奮する」と語っており、「新しい道づくり」は順調だ。
2人の生き方は宮本の文章のようだ。「後ずさりのない道。前へだけあるいていく道」なのである。そんなNPO活動家が全国で増えつつある。政治や経済は不安定だが、こんな人たちが頑張る地方は、必ず再生するはずだと信じたい。