現代の風景

《35》 挑戦という人生の選択 北の大地で再出発

《35》 挑戦という人生の選択 北の大地で再出発

女子ゴルフの世界ランキング1位だったメキシコのロレーナ・オチョワ選手が28歳で突然引退した。これからは家族と多くの時間をすごし、慈善活動にも力を入れるのだという。それは思い切った人生の選択といえよう。私たちは人生で岐路に立つ場面がある。ことし春、知人が北海道に移住した。知人の選択は、世界一という絶頂期に引退したオチョワ選手とは対照的に、絶望・苦悩を乗り越えての新たな挑戦だった。
荻原浩の小説「明日への記憶」は、若年性アルツハイマーに侵された広告代理店勤務の夫と、夫を献身的に支える妻の日常を描いた作品で、2004年に出版された。06年には映画化され、渡辺謙と樋口可南子が夫婦役で出演、大きな話題になった。アルツハイマーが比較的若い層でも発病することに注目が集まったのだ。システム関係の仕事をしていた知人は54歳。奥さんから最近様子がおかしいといわれ、病院で診察を受けたのは昨年9月のことだった。初期のアルツハイマー型認知症と診断された。彼の苦悩の日々が始まった。
知人の奥さんは、その当時のことをブログで書いている。「同席した私は、お医者さまから想像することさえできない病名を告げられ、その現実を受け取ることができず、頭の中は真っ白・・・。この病気の内容を知れば知るほど、その厳しい現状が迫ってきて、不安と恐怖で心が押しつぶされそうになりました」。
知人から話を聞いた私は、かける言葉がなかった。知人の苦悩は深いに違いないと、その顔を見ながら思った。知人は病気について徹底的に調べ、これからの生き方を探り始める。そこで運命的な出会いをする。若年性認知症家族会「彩星の会(ほしのかい)」代表の干場功さん(北海道北竜町出身)だ。干場さんの話は、絶望と苦悩の日々を続けていた知人夫妻に一筋の光明を与えたのだ。
「ご主人が若年性認知症になられ、東京から北竜町に移住された中村信治さんご家族のお話、そのご家族を真心こめて支えていらっしゃるサポーターの方々のお話。若年性認知症ご本人とご家族の方々の熱い想い、故郷を想う心、エネルギーあふれるパワフルな行動力、それらの大いなる熱意に共感し、感動いたしました」と、奥さんはブログで打ち明ける。
干場さんの紹介で知人が北海道砂川市の病院で再診察を受けたのは同年12月のことだ。診察の結果、「認知症とは認められないが、現在の生活を続けていると発病する可能性もある。生活環境を変えた方がいい」というもので、女性の医師は「北海道は四季折々、温度差が激しく、脳の活性化に最適。心を癒す自然の宝庫です」と、北海道への移住を勧めてくれたという。
この医師の話や干場さんらとの交流を通じて、夫妻は北竜町での再出発を考えるようになった。町は北海道の中央寄りにあり、車で札幌からは2時間、旭川からは1時間の農業の町だ。私も以前この町を訪れたことがあるが、町のあちこちでヒマワリ畑を見かけた。作付面積が日本でも最大の100ヘクタールに及ぶ「ヒマワリの町」なのである。人生の岐路に立った夫妻には、大きな決断だった。2人を後押しするように、朗報も入る。過疎化の活性化のため総務省が実施している「地域おこし協力隊」の隊員募集を同町がしており、2人はこれに応募、運よく採用されることが決まったのだ。
3月末、知人夫妻は双方の勤務先を退職、北竜町に移り住んだ。町営住宅に住み、7月から町の非常勤職員として、ブログを中心に町の魅力を発信する仕事を始めた。
その初日のブログには2人の思いがつづられている。
「私たち夫婦は、埼玉県から3月に移住してきました。主人の病気が縁で移住が決まりました。初めて訪れた時から、町の自然の素晴らしさ、町の人々の思いやりの深さを実感しました。 私達夫婦は、第二の人生をこの北竜町の大地にしっかりと足をつけて、北竜町の宝探しをしていきたいと思っています。町民の方々が当たり前のように感じている日常のさまざまな事柄が、少し視点を変える事によって、実は素晴らしい宝物であるかもしれません。 町の人々に、そんな幸せにひとつでも気付いていただき、今以上に明るく元気に、自信と誇りを抱いていただけるよう心から願っています。私達の情報発信により、北竜町の素晴らしさが日本中に広がり、発展していくことを私達のできる限りの力を尽くし、真心こめて応援させていただきたいと思います」
50歳を超えて、新しい町で生活を始めるという知人夫妻の選択。すべてが順風満帆とはいかないかもしれない。しかし、北海道の雄大な自然と温かい人情に迎えられた2人は、新鮮な感動と生きる喜びを味わいながら、日々を送ることだろう。知人の言葉がいい。「妻と2人で町や北海道中の自然を愛でながら、ゆっくりと生きていきたいと思います」。北海道の生活は「ゆっくり」という言葉が似合うのである。