現代の風景

[ 2010-08-30]

現代の風景

石井 克則


《39》アルメイダの奉仕の精神 天草で没したポルトガル人医師

遠くを見つめて
遠くを見つめて

大分市の大分県庁近くにある遊歩公園には、彫刻や記念碑が点在する。朝倉文夫や北村西望といった日本を代表する彫刻家の作品とともに、戦国時代末期に日本を訪れ、西洋医学を日本に紹介したポルトガル人、ルイス・デ・アルメイダにまつわる2つ記念碑が建っている。「西洋医術発祥記念像」(彫刻家・古賀忠雄作)と「育児院と牛乳の記念碑」(同、圓鰐勝三作)である。アルメイダの功績はこの2つの彫刻からもうかがえる。ハンセン病患者も診療し、日本の医学の発展に大きく寄与したアルメイダとは、どんな人物だったのだろうか。

ポルトガルについて、知人は「かつて地球の裏側まで船を操った冒険者たちが、いまはその残照を浴びて黙々と座っている街」と指摘している。日本とは縁が深いこの国はいま、かつての大航海という栄光の時代の輝きはない。ユーロ圏でギリシャが経済危機に陥ると、次はポルトガルとスペインが危ういと伝えられているほどだ。

近代ポルトガルの最大の詩人といわれるフェルナンド・ペソーア(1888年—1935年)は「私たちポルトガル人は、子どものころ学校でポルトガルの過去の素晴らしい瞬間について学ぶ。それは何世紀にもわたる大航海と、海に浮かぶ魅惑的な島々の物語であり、ポルトガル人の喜びと悲しみの歴史である」と書いている。アルメイダも、ポルトガルが元気だった大航海時代の最中、日本やってきたのだった。当時の日本は、長い戦乱で荒れ果てた貧しい島国だった。

史実によれば、アルメイダは1525年ごろリスボンで生まれ、1546年に医師免許を取得してから世界へ雄飛しようと、インドのゴア経由でマカオに渡り、貿易の仕事で1552年に来日した。この後、日本とマカオを往復して商才を発揮する。日本に初めてキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルの仕事を継承して、布教活動をしていたイエズス会の宣教師、コスメ・デ・トーレス神父と出会ったアルメイダは、立ち遅れていた日本の医療への支援を考え、豊後(現在の大分市)に私財を投じて育児院を建てる。

当時の日本は、戦乱のため、貧窮の果てに生まれたばかりの赤ちゃんを殺してしまう間引きが横行しており、こうした実情にアルメイダは衝撃を受け、少しでも間引きの犠牲者を少なくしようと考えたのだ。この育児院では牛も飼育し乳母も置いて、子どもたちを母乳と牛乳で育てたという。アルメイダはさらにトーレス神父と協力し、豊後の領主、大友宗麟から土地の提供を受け1557年に日本初の洋式の病院を建設した。ここには外科、内科のほかに当時としては画期的なハンセン病棟もあり、アルメイダは外科医として患者の手術も行った。翌58年には医学教育も始め、医師の養成にもかかわった。

彼の活動は大分だけでなく、全九州に及び、いったんマカオに渡って1580年に司祭になった後、再び日本に戻り、島原・天草を中心にキリスト教の布教と医療活動にかかわり、1583年10月、天草の河内浦(熊本県天草市)で生涯を閉じる。天草には「ルイス・デ・アルメイダの上陸地跡・南蛮船碇泊所跡」(河浦町)と「アルメイダ記念碑」(天草市殉教公園)というアルメイダを称える2つの碑が残っている。

医学史研究家東野利夫氏の調査では、天草には「南蛮の医者がここに来たげな。あっけらかんとした人で、足ば投げ出して長ギセル吸うて、ひょうきんなことば言うたりして、村のもんたちあ気楽に診て貰いよったげな」という言い伝えがあったという。その南蛮の医者とはアルメイダのことらしい。

アルメイダの活動範囲が九州だったこともあり、ザビエルほどの知名度はない。だが、日本の戦国時代にボランティアの先駆け的活動をした人がいたことはもっと知られていいはずだと思う。

ザビエルがポルトガル王の依頼でインドに派遣され、その後日本にやってきたのは1549年のことだった。首都リスボンのベレン地区には「海洋発見記念碑」がある。その碑にはポルトガルを世界の航海国にしたエンリケ航海王子はじめヴァスコ・ダ・ガマやザビエルら多くの冒険者たちの姿が刻まれているが、アルメイダは入っていない。広場にはポルトガル人が日本(豊後)に漂着したといわれる年号(1541年)と日本地図も彫られ、日本とポルトガルの歴史を振り返ることができる。

いま、大分には「大分市医師会立アルメイダ病院」という、アルメイダにちなんだ病院があり、大分の地域医療の中心的存在になっている。アルメイダが心を痛めた貧窮の国は、450年以上の年月を経て、ポルトガルを追い越し、有数の経済大国になった。それは、ペソーアの言う「喜びと悲しみの歴史」でもあった。





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