現代の風景

[ 2011-02-21]

現代の風景

石井 克則


《51》燃え尽きることなく 琵琶湖の自然の中で

真冬の北湖は寂しい
真冬の北湖は寂しい

「燃え尽き症候群」という言葉がある。世界で5000万部以上が売れ、いまも読み継がれている「赤毛のアン」シリーズの作者、カナダのL・Mモンゴメリも実は人生に燃え尽き、自死の道を選んだという。政治的、経済的に不安定な日本はいま、13年連続して自殺者が3万人を超える閉塞社会になっている。そんな時代でも、燃え尽きることなく「自分の意志」を貫いた人生を送っている一人の男性に会った。

滋賀県高島市マキノ町は、北湖といわれる琵琶湖北岸にある農村だ。この町で「グローバルヒューマン再チャレンジ夢工房」というNPOを運営しているのが高橋英夫さんだ。高橋さんは、訪ねて行った私に「末川博先生の人生3分割論を17歳の時に知ってから、これに沿った生き方をしている」と、語り始めた。末川博は高橋さんが卒業した立命館大学の学長を務めた著名な民法学者だ。人生を「生まれてから社会に出るまでの社会の世話になる期間」、「社会に出てから定年を迎えるまでの社会のために尽くす期間」、さらに「定年後の自適に生きる期間」—の3つに分け、それぞれの期間を精いっぱいに生きるという考え方だ。

1946年生まれの高橋さんは、現在3つ目の期間を生きていると受け止めている。しかし、「自適に生きる」という意味を「自分の好きなことをやる」ととらえ、NPO活動に没頭しているのだ。

その活動は、元ホームレスの自立を支援することだ。魚に疎い私は、琵琶湖に「ホンモロコ」という固有種がいることを知らなかった。琵琶湖北岸の町を拠点にしている高橋さんは、このホンモロコが琵琶湖で絶滅の危機にあることを知り、養殖ができないかと考える。以前は大衆魚として年間372トンも捕獲されたが、5年前には5トンまで減ってしまった魚だ。

一方、日本で生活保護を受けている人は約200万人といわれ、年々増加傾向にある。高橋さんは「このうちの3分の2の人は働きたいと思っているのに就職ができず、死ぬことを考えてしまう。社会の核になるだけの能力を持つ人にチャンスを与えたい」と考え、ホンモロコと元ホームレスを結び付ける道を探った。

マキノ町にはかつて漁協が使い、その後放置されたままのコンクリートの養殖池があった。この池を使って、2008年から10人の元ホームレスが稚魚の養殖を始めた。その周辺には耕作放棄の水田が広がっている。この水田にカキツバタやハス、ショウブなどを植えて、ホンモロコが育ちやすい環境をつくった。これらの植物は刈り取って市場に出すこともでき、ホンモロコも育つことが分かった。養殖池で育ったホンモロコの一部を琵琶湖に放流した結果、現在では年間10トンまで漁獲量が戻ったという。

10人の中には住む家がないため、1年8カ月にわたって車を家代わりにして生活をした人がいる。そのほか瓦職人、左官、調理師、農業、長距離トラック運転手と元の職業もまちまちな彼らが地域に溶け込むのは容易ではなかった。当初、彼らが住む民家の周囲にはバリケードをつくって、町への出入りを反対するという地元の声もあった。しかし、町にある神社でがけ崩れが発生したことを契機に町民の彼らを見る目も変わった。彼らは率先して現場に駆け付け、1週間にわたって土砂を除去する作業を続けたのだ。

高橋さんは「この時みんなが認知され、町民との間に信頼関係が生まれた」と打ち明ける。さらに、この町に身を寄せる人たちについて「一時避難的なものでいずれは独立し、結婚もしてほしい」という願いを持っている。それを実証するように、この春2人が高橋さん経営の岡山県倉敷市のホテルに就職することが内定したという。回り道をしながら彼らも、人生で2つ目の区切りの「社会に尽くす」期間に入ろうとしているのだ。

冒頭に書いたモンゴメリは69年前の1942年、67歳で亡くなっている。長い間、病気(うつ病)の夫を看護しながら、孤児という境遇を乗り越えて明るく前向きに生きるアンの物語を書き続けたが、晩年、夫と同じ病気で苦しんだという。2008年には孫娘が「死因は精神安定剤・トランキライザーの大量服用による自殺」とカナダの新聞で公表している。モンゴメリは、希望に満ちた作品を執筆しながら、自分の手で人生に終止符を打ってしまうほど燃え尽きてしまったのだろうか。彼女に「自適の期間」がやってくることはなかったのである。


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