風の香り

《1》 みなぎる自信 カンボジア フン・セン首相

《1》 みなぎる自信 カンボジア フン・セン首相

「タイの混乱に付け込むような卑怯なことはしない」。フン・セン首相は終始、強気に語った。欧米諸国がさらに被告を増やすよう求めるポルポト裁判に関しても「増やさなければ支援できないというのなら引き上げてもらって結構。あとはカンボジアの法律に従いカンボジアの裁判官でやる」とも。首相に就任して11年。強気の背景には時に“強権”を指摘されながらも、動乱が続いた最貧国を安定させてきた実績とASEAN(東南アジア諸国連合)のリーダーとしての強い自信があると感じた。
日本財団の笹川陽平会長が9月2日、プノンペン近郊のカンダル州にある私邸にフン・セン首相を表敬訪問し、これに同行した。私邸周辺は厳重に警戒され、かなり手前に設けられた検問所を通過してしばらく進むと、道路左側の広大な木々の緑の中に通用門、さらにその中に青い屋根、壁面が黄色、オレンジのカラフルな私邸が現れた。治安上の配慮か、道路右側は空き地。邸内にはかなりの人数が詰めており、グレーのスーツ姿の首相が執務室前で一人一人と握手して一行を迎えてくれた。
懇談は約2時間。間近に見る首相は57歳には見えぬ若さ。身振りを交え一語一語言葉を確かめるように太い声で話した。話題は広範。世界遺産のヒンズー教寺院遺跡「プレアビヒア」周辺地域をめぐるタイとの国境紛争では、2度にわたる軍の衝突を経て今は双方の軍が水を分け合うほど「状況は落ち着いてきている」とするとともに、タイ政府はラオス、ミャンマーとの国境紛争だけでなくタクシン派との対立など国内問題も抱え「国内を管理できていない」「万一、国王が亡くなったらさらに混乱がひどくなる」と指摘。「(カンボジアから手を出すような)卑怯なことはしない」と強調した。
タイが動けばいつでも受けて立つ決意を示す一方、「私とタクシンが古い友人であることはタイ政府のリーダーもよく知っているはずだ」と、タイ政府を牽制することも忘れなかった。背景にあるのはカンボジアの安定と経済発展を達成したとの自信。「タイやフィリピンより安全」「安定した今のカンボジアを見てほしい」と繰り返し、ポルポト裁判に関してもイラクを引き合いに「フセイン一人を死刑にするためにどれだけ多くの国民、米英軍の兵士が命を落としたか」「必要なのは国の安定」と強調。元トウルスレン政治犯収容所長ら既に起訴、あるいは逮捕・拘束されている5人以外にも広く刑事責任を問うよう求める欧米の動きを批判した。
ミャンマー情勢に関しても、来年にも予定される選挙について、民主化の指導者スー・チーさんが所属する国民民主同盟が選挙に参加し、例え1議席でも獲得すれば「それこそが民主化の第一歩となる」との認識を示した。しかし欧米のいくつかの国からフン・セン首相の仲介に期待する声が出ている点に関しては「欧米、ミャンマーの考えが一致していない今は動く時ではない」と否定、慎重な態度を示した。
懇談を一貫して支配したのは、欧米に対する反発。「何かと制裁をちらつかせ圧力をかけてきた」「一番悪いのは米国だ」と言い切り、鳩山新政権に対しても「自民党政権より動きやすいはずだ」と述べ、独自にミャンマーとの対話に踏み切るよう求めた。これ以上の言及はなかったが、ミャンマー政策の見直しを通じて日本が対米一辺倒から脱却するよう求めた発言と理解した。(了)