風の香り

《5》 再び悲しい別れ 早期の国籍取得こそ

《5》 再び悲しい別れ 早期の国籍取得こそ

終戦後、母とともにフィリピンに取り残された日系2世の女性が2005年、60年ぶりに日本に住む兄と対面し話題となった。それから4年、兄は死去し兄妹は再び悲しい別れをした。当の妹は生地であるフィリピン・ダバオでひたすら日本国籍の取得を待つ。老境に達した彼女の涙に、フィリピン残留2世に対する国の腰の重さを改めて知る思いがする。
この女性はミンダナオ島の港町ダバオ市郊外に住む「アカツカ タミコ」さん(71)。日本財団の助成で国籍取得を支援するNPO法人「フィリピン日系人リーガルサポートセンター」(PNLSC)がタミコさんや兄の赤塚俊夫さんから聞き取った陳述によると、2人の父、赤塚吉之助さんは鹿児島県の出身。1918年、ダバオに移住しアバカ(マニラ麻)の栽培・精製に従事し、1932年、少数民族バゴバ族出身のインガオ・マヤティグさんと結婚、3男2女をもうけた。俊夫さんは2男、タミコさんは2女。末っ子の3男は生後間もなく死亡した。
インガオさんの両親から2万㎡を超す土地を借り入れ、現地従業員を雇ってアバカ栽培も軌道に乗せた。しかし1941年に始まった太平洋戦争で一家の生活は一変、吉之助さんは飛行場建設などに徴用され、やがて日本軍の敗色が濃厚になると山中を逃避行しゲリラの攻撃から逃れた。終戦に伴いフィリピン人のインガオさんを除く親子4人は日本人収容所に。マラリアなどで長男、長女が収容所で死亡し、半年後、吉之助さんと俊夫さんは日本に強制送還され、インガオさんとタミコさんは現地に取り残された。
▼60年ぶりの再会
以後、音信は途絶え、2004年、タミコさんがダバオの日系人会を通じてPNLSCに俊夫さんの消息調査を依頼したことから再開が実現。同10月、来日し感動の対面をするとともに、翌年には俊夫さんが子供2人とダバオで暮らすタミコさん宅を訪問した。
タミコさんは18歳で結婚。8人の子をもうけ、1986年に夫と死別し現在は2人の子供とダバオで暮らす。一方、俊夫さんは帰国翌年、戸籍に搭載され、30歳で結婚したがその後離婚。1970年には吉之助さんも亡くなり、以後、全国のトンネル工事現場を渡り歩き、心臓や肺を痛め、最近は神奈川県相模原市の自宅で療養生活を送っていた。
容態が悪化した1週間前、タミコさんは日本で働く子供たちの支援を受け来日、PNLSCの高野敏子事務局長の家から俊夫さんが入院する川崎市内の病院に通い、最期を看取った。13日の葬儀には10人ほどの友人、知人が出席、タミコさんは涙のうちにささやかな葬儀を済ませ帰国した。
タミコさんは両親が部族婚で婚姻届がなく、吉之助さんの戸籍にも登載されなかったため、吉之助さんとの親子関係を裏付ける資料がなく、現在も無国籍のままだ。ただし日本国籍を持つ俊夫さんとの兄妹関係が判明し、2005年にはフィリピン政府が吉之助さんとインガオさんの婚姻やタミコさんの出生を遅延登録をしたことから、家裁での就籍手続きではなく、俊夫さんの戸籍がある霧島市に直接、タミコさんの名前を搭載するよう申し立て現在、法務局の判断待ちとなっている。
残留2世が日本国籍を求める理由の一つに、3、4世の日本での就労があるが、日系人に関する入管法の改正(1990年)でタミコさんのようなケースに関しては外務省も柔軟な対応をし、現在、5人の子供が日本で働いている。タミコさんにとって一番の願いは、生あるうちの日本国籍の取得、即ち日本人であることの証である。
▼国が取るべき態度
山中を逃避行し父が日本人であることを隠して生きた戦後の混乱や終戦から60年以上経た歳月の流れから、残留2世にこれ以上の新たな裏付け証拠を求めるのは無理がある。同様の事情にあった中国残留孤児に関しては日中両国政府が孤児の存在を認め合う形で国籍取得に道を開いた。厚生労働省には国策で旧満州(中国東北部)に移住し、両親とも日本人である中国残留孤児と、自己意思で移住し父親だけが日本人であるフィリピン残留2世とでは事情が違うという判断があるようだ。
しかし父系主義をとった当時の戸籍法からいって残留2世が日本人であることに間違いないし、法治国家が取るべき態度でもない。日本国籍を求める残留2世はなお300人以上に上り、戸籍を手にすることなくこの世を去った2世も多い。戦争がなければフィリピン社会で尊敬され豊かな生活を築くことができた人たちである。
第2次世界大戦では約52万人の日本軍人や軍属、民間人が死亡したほか、これに倍する数のフィリピン人が犠牲となった。残留2世問題をこれ以上、放置するのは、これら戦争犠牲者に対する冒とくにもなりかねない。国の名で行った戦争の犠牲は当然、国の名で償われなければならない。そうでなければ国の求心力は崩壊する。(了)
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