風の香り

《13》本当にあった「円周率3」! 驚きと語呂合わせの記憶

《13》本当にあった「円周率3」! 驚きと語呂合わせの記憶

小学校高学年でかつて円周率(π)を3と教えた時代があった。迂闊にも、つい最近になってこの事実を知り驚いた。「円周率3」がかつて、ゆとり教育の是非をめぐる論争の象徴となった記憶はあったものの、現実に教育現場で「3」と教えられた事実はなかったと認識していたからだ。
予断ながら、自分は中学校時代だったか、「身ひとつ、宵、獄に向かう。・・」の語呂合わせを覚え、今でも「3・14159265」までは言える。誰が作ったか知らないし、さらに続くこの後は忘れた。これとは別に60桁近くまで読み込んだ別の語呂合わせもあったように記憶するが、こちらは全く記憶にない。
別に自慢するわけではない。たまたま知っていた、というに過ぎず、実生活で何か役立った記憶もない。円周率は小数点以下が無限に続き、その限りで「3」でも「3・14」で同じ、という指摘もあろう。ただ感覚的に言えば両者はまったく違う。前者は無味乾燥なひとつの数字であり、後者には数字に付きまとう不思議さのような何かがある。だから一人でも多くの子供に算数の面白さを知らせるには、やはり「3」であってはいけないと思う。
何を今さら、と言われるかもしれないが、現在の仕事先である日本財団では笹川陽平会長が社員食堂で各職場の職員と昼食を共にしながら雑談する習わしがあり、4月20日、これに参加した。そこに居合わせた新入職員のU君が1987年生まれとのことで、ゆとり教育が話題となる中、円周率の話となった。さらに4月から長期研修で財団に来ている東京都の水落伸二教諭に確認すると、ゆとり教育が取り入れられ小学校1、2年の理科、社会を廃止、第2土曜の休業が導入された1992年前後から小学校高学年でも円周率を3とする授業が行われたという。
Webで調べてみると、ゆとり教育で小数点の掛け算や割り算の学習が削減されたのに伴う措置だったようで、脱ゆとり教育となった2008年の学習指導要綱の全面改定では「円周率は3・14とする」と明記され、それ以前のような「目的に応じて3を用いる」との記載も姿を消した。
ゆとり教育の是非が活発に論じられた2002年前後の話だろうか、大手学習塾が「ウッソー!?半径×半径×3」と書いた吊り広告を首都圏の通勤電車に大量に出して揺さぶりをかけ、人気テレビ番組「3年B組金八先生」では数学担当の先生が「円周率は3ではない」と嘆くシーンも放映された、との記述もある。
教育論には疎く、広範な論点に立ち入るつもりはないが、将来の多様な可能性を秘めた小中学校の教育は個々人の特性に応じて柔軟に行うのが理想であろう。同時に円周率ひとつを覚えるにしても語呂合わせのような遊び心、無駄があってもいい。落ちこぼれ防止に力点を置けば、どうしても内容を低いレベルに設定した画一的な教育こそ相応しいことになる。しかし得手、不得手は誰にもある。画一教育では本人が得意とする個性は伸びない。やはり多彩な教育方法、制度を用意することこそ、あるべき教育の姿と考える。
日本財団では「親が変われば子供も変わる」をスローガンに「親学」を支援しているが、親の責任を放棄して自己中心的な無理難題を教師に押し付ける“モンスターペアレント”の存在が問題となっている。一方で防災、環境整備に向けた学校植樹事業では校庭に緑を植えることにより“死角”が生まれる、と消極的姿勢を見せる学校もある。教育現場が無理な要求やトラブルを恐れるあまり、底なしの泥沼に落ち込んでいるような気がしてならない。他愛ない円周率の話から脱線したが、改めて教育の問題を考えてみたいと思う。(了)
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