風の香り

《16》老境の比残留2世に国籍を 戦争の犠牲は国の名で回復すべき

《16》老境の比残留2世に国籍を 戦争の犠牲は国の名で回復すべき
「日本人の父」の子として生まれながら終戦前後の混乱で出自が確認できないフィリピン残留2世9人が日本国籍の取得を求め8月3日、来日した。しかし家庭裁判所の許可を得て新たに戸籍を設け国籍を取得する就籍の手続きは難航している。背景には戦後、「敵国人の子」として母とともに逃亡生活を続け、出生証明書など「父」との関係を裏付ける証拠を捨てざるを得なかった、といった特殊な事情もある。
同様に戦争の混乱で身元不明となった中国残留孤児の場合は、中国政府が発行する孤児証明書を日本政府が認めることで手掛かりの薄さを埋め、既に約1300人が同じ就籍手続きにより国籍取得を果たしている。日中両国政府が「日本人の子」と認め合うことで国籍問題を解決した形だが、これに比べ比2世に対する国の動きはあまりに鈍い。国には、国策で満蒙開拓団に参加し両親とも日本人である中国残留孤児と、自由意思でフィリピンに移住した日本人男性と現地の女性の間に生まれた比2世では問題が違う、とする考えもあるようだ。
このほか中国残留孤児は1972年まで日中間に国交がなく帰国できなかったのに対し、比2世の場合は「戦後も自己意思で現地に残った」とする解釈が遺骨収集など戦後処理を担当する厚生労働省にあるようだが、説得性があるとはとても思えない。当時は日比両国とも国籍法で父系主義をとり、父親が日本人であれば当然、日本国籍を持つ。さらに比政府は94年、2人以上の証言があれば比2世の両親の婚姻証明書や2世本人の出生証明書を過去に遡って遅延登録する制度をスタートさせ、事実上、2世を「日本人」と認める姿勢を打ち出している。そして何よりも2世の多くが戦後「日本人の子」として反日感情の強いフィリピン社会で悲惨な生活を余儀なくされた事実がある。
比2世の実態に初めてスポットが当てられたのは戦後40年以上経た1988年。まず厚生省(現厚生労働省)、次いで95、97年に外務省が現地調査を行い、約3千人の存在が確認された。うち約2千人は父親の身元判明や戸籍に2世の名が登載されていることが確認され日本国籍を取得したが、8百人を超す2世は身元不明。戦後フィリピン人と結婚しフィリピン国籍を取得した一部2世を除くと多くは無国籍のままだ。
中国残留孤児と同様、日本財団が国籍取得を支援。NPO法人「フィリピン日系人リーガルサポートセンター」(PNLSC)が現地での聞き取りや戦前の渡比者データベース、米軍作成の俘虜銘々表などとの照合を進め、比較的データが豊富な127人について東京家裁に就籍の申し立てを行い、これまでに56人が日本国籍を取得した。
しかし戦後65年の歳月はあまりに長く、800人のうち約半数が既に死亡したとみられ、東京家裁に申し立てをした127人に限っても5人が結論(審判)を聞くことなく死去した。PNLSCでは残る二百数十人について就籍申し立てに向けた調査を急いでいるが、唯一の国籍取得方法である就籍は司法手続きである以上、日本人の父との関係を合理的に証明できる資料を必要とする。身元捜しの前には終戦前後の混乱と戦後の時間の長さが大きく立ちはだかっており、最盛期2万人、東南アジア最大の日本人街があったミンダナオ島の港町ダバオの日系移民の多くを占めた沖縄出身者のように、照合すべき日本側資料の多くが沖縄戦の戦火で散逸したケースもある。
最終的には中国残留孤児と同様、日比両政府間の合意で解決するしかない。現に積極的に就籍が認められている中国残留孤児の「孤児名簿」は両親との関係を裏付ける手掛かりがほとんどないケースも多く、これに比べればPNLSC作成の比2世の名簿の方がはるかに豊富な内容を持つ。
後は日本政府がこの問題をどう考えるかである。戦後65年、残留2世は最も若い人でも65歳。既に老境にあり、このまま放置すれば、日本人の証を手にすることなくこの世を去る。残されたわずかばかりの写真を見ると、衣服、住居とも戦前のフィリピン日系人社会が豊かでフィリピン国民からも尊敬されていたことが想像できる。
国策ではなく自由意思による移民であった、として、国がこれ以上、責任を逃れようとするなら、「彼らの豊かな生活、幸せを奪ったのは誰だったのか」、問われなければならない。戦争が国の名で行われた以上、その原因や結果にかかわらず、これに伴う犠牲は国の責任で回復されなければならない。まして比残留2世が求めているのは、「子ハ出生ノ時父ガ日本人ナル時之ヲ日本人トス」と定めた当時の国籍法に基づく当然の措置である。
2世が国籍を取得すれば3世、4世が日本に定住するためのビザ申請が可能になるが、老境を迎えた2世が求めるのは「生あるうちの日本人の証」であって、日本への永住ではない。2世の訪日は今回で4回目。戦前の日本の歌を歌い、自分の名を漢字で書く2世もいる。証拠の薄さを本人の責任に帰す現状はあまりに酷である。
恐らく離島などに住む未把握の2世もかなりの数の上ると推察される。全容把握と、既に故人となった2世に関しても生前の資料を整備した上、日本人としての証を回復するのが国の責任と考える。(了)
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