東京大空襲から65年

広報グループ
グループ長

65年前の今日3月10日の未明、マリアナ諸島を飛び立った米軍B29爆撃機が東京の深川や浅草を中心に住宅密集地へ焼夷弾約33万発を投下した。この東京大空襲により約10万人が死亡、焼失家屋約27万戸。米国は来るべき日本戦を想定して、木造の日本の家屋を攻撃するには焼夷弾のような火炎兵器が最も効果的だと分析していた。
作戦計画は、まず爆撃目標地域の周囲に焼夷弾を投下し、住民の退路を断った上で絨毯爆撃を加えるというものであった。広島、長崎の原爆とともに多くの非戦闘員が犠牲になったが、当時米政府は「戦争終結を早めるため」と正当化した。しかし誰の目から見ても日本の敗色は明らかであり、非人道的な無差別爆撃が本当に必要だったかは、極めて疑問が残る。
日本財団会長の笹川陽平も東京大空襲を経験している。当時7歳だった彼は、多くの町民が向かったように隅田川方面へ母親と避難するところだったが、泳ぐことが苦手だったため別の方向へ進む。これが幸いし、ほとんどの町民は死亡したが母子だけ奇跡的に助かったそうだ。
今でも引き取り手のない遺骨がたくさんある。一家が全滅し疎開した子どもだけが生き残り、戦災孤児として親戚や知人の家に預けられた子どもも多くいた。自分が生き残ったのは間違いでみんなと一緒に死ぬべきだったのではないか、と悩んだ人もいたそうだ。
このような悲惨なことは二度と起こしてはいけない。時代(とき)が流れ、戦争を体験した人が少なくなってしまったが、風化させないためにも子どもたちにきちんと伝え続けていくことが大人の役目である。
今年の干支は卯(う)年。そのため「躍進」、「跳ねる」などが書かれている年賀状が目立った。
全国から公募した2010年の世相を表す「今年の漢字」が「暑」に決まった。
特別会計を対象にした事業仕分け第3弾が終わった。
10月1日からたばこが大幅値上げされ、主な銘柄は一気に1箱400円台になった。
暗いニュースが多いなか久しぶりに朗報が飛び込んできた。
岡崎市の小学校で担任の男性教諭が算数の授業で「大量殺人」を割り算の例題として出題していたらしい。