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[ 2009-09-14]

ノーマン・ボーローグ博士逝去 追悼文


ノーベル平和賞受賞者で笹川アフリカ協会の会長を務めたノーマン・ボーローグ博士が9月12日お亡くなりになりました。
「食糧の不足は人間の尊厳そのものを損なう」博士が生前よく口にした言葉です。

私が博士と出会ったのは、1974年小麦の原種を探してヒマラヤに行った時でした。真っ黒に日焼けした肌が非常に印象的な方でした。それから10年後、エチオピアの飢餓を契機に、ジミー・カーター元米国大統領と一緒にアフリカにおける食糧増産計画実施のため、農業分野の権威者であるボーローグ博士の協力を求めました。

しかしながら当時71歳の博士は第一線を退いていることを理由に断られましたが、父の笹川良一が「あなたよりも15歳も年上の私と一緒にやろう」と再々説得し、日本財団によって設立された笹川アフリカ協会によるアフリカ食糧増産プロジェクト「笹川グローバル2000」がスタートしました。

事業開始当時、世界銀行や国際機関などは「アフリカで食糧自給は無理」と冷ややかな目でこの事業を見ていましたが、博士の経験に裏打ちされた広く深い学識と人間味あふれる指導力のおかげで、伝統的な農法と比較し収穫量が2~4倍になるなど、着実に実績を重ねていきました。

1997年にエチオピアは飢餓から脱出し、初めて余剰穀物が隣国ケニアに輸出されることへの謝意がメレス・エチオピア首相から届きました。また、2001年にはグローバル2000のスタッフが世界銀行のタンザニア農業プロジェクトに技術顧問として招かれるなど、世界的に評価は高まっています。ボーローグ博士の絶え間ない努力が実を結ぶ結果になりました。

ノーベル平和賞受賞者のなかでも、博士のように具体的かつ大規模な業績を挙げた人は少ないと思います。20年以上にわたり活動をともにしてきましたが、博士の強みは徹底した現場主義にあります。現地の農民と一緒に泥と汗にまみれ、現地の人と輪になって食事をしている姿が目に浮かびます。

ノーマン・ボーローグ博士。博士から今日までご教示いただいたことを糧に、笹川アフリカ協会は今後も飢餓のない世界を目指すとともに、アフリカの農業発展のために全力を尽くすことを改めてお誓い申し上げます。
享年95歳。心安らかな永久の眠りをお祈りいたしまして、お別れの言葉とさせていただきます。

2009年9月14日
日本財団
会長 笹 川 陽 平