[ 2009-12-17]

今日は、この街にいます。

加藤 春樹
加藤 春樹


《9》 北海道釧路市


街と美術館について、まだ考えている。そして思い出しているのは釧路のことだ。私がこの「夏なお寒い」霧の街を訪ねたのは8月下旬。啄木ではないから、駅に降りても「さいはての駅に下り立ち雪あかりさびしき町にあゆみ入りにき」などとは詠わなかったが、「ステーション画廊 最後の展覧会」という看板を見かけ、寂しい思いになったのは啄木と似た気分だったかもしれない。私は初めての街で、はからずも美術施設のレクイエムに遭遇したのである。

釧路駅は、北海道東部では大きな規模なのだろう、駅舎1階には土産物や弁当、それにパンを売る店などが並び、最後にラーメン店があって突き当たりがトイレになる。その手前に殺風景な階段があって、2階の画廊へと続いている。その入口は、慣れている人には何でもないのだろうが、初めての旅人にとっては登ることに覚悟が必要なほど寒々としていて、この先にギャラリーがあるとは想像できない。何ごとも消滅する時は、かくも寂しいものなのだろうか。

国鉄がJRに移行するに伴い、「駅舎ギャラリー」の全国第1号として開館した美術施設だというから、20年以上続いたことになる(写真・下)。地元の佐々木榮松という画家の作品を核に運営されて来たようで、寒い夏や雪あかりの街に、暖かな潤いを発信して来たのだろう。最後の展示会は、北海道の自然を神秘的な彩りで表現した佐々木氏の作品が並んでいた。市内には道立の芸術館が整備され、駅美術館は役割りを終えたということだろうか。

今年いくつの街を訪ねたか、数え上げるのも煩わしいほど数は多くなった。賑やかな街、寂しい街、さまざまな街があったが、つまらない街はひとつもなかった。そして釧路は、そうしたたくさんの街の中で、最も深く、印象に残った街のひとつである。2日間とも雨模様だったことが影響したのだろう、寒く、気持ちが寂しく沈んで行く街だった。不思議なことにそのメランコリックな気分が、鬱陶しいどころか心地よかったのである。

駅からまっすぐ延びる通りを、釧路川の対岸のホテルまで歩く。そのあたりが中心商店街のようで、「北大通」という標識があった。確かに大通りではあったが閑散として、閉じている店の方が多いほどだ。やがて川が現れ、立派な橋が架かっていた。釧路のシンボル・幣舞(ぬさまい)橋である。その広い歩道をゆくと、欄干に堂々と裸婦像が立っている。見渡すと裸像は4体。最初の像は「冬・本郷新」と書いてあった。

雨の中、ひとつひとつ見て歩く。見上げて、シャッターを切る。対象が裸像であるから、見上げていることが気恥ずかしくもある。しかし美しい。反対側に渡ってまた見上げる。「夏・佐藤忠良」とある(写真・上)。橋が見事な美術館であった。ステーション画廊の閉鎖は残念だが、釧路は、街がこれほど素晴らしい「美」に満ちているのだと、気分が軽やかになる。そこで橋のたもとのフィッシャーマンズワーフに行き、2階の「港の屋台」で飲む。

カウンターでおじさんと知り合った。近くで旅館を経営しているということで、郷土カルタを作り、子どもたちに郷土意識を植え付けようと活動していることが、本業より忙しい人のようだった。釧路の話を聴くのに、これほどふさわしいお方は他にいないだろうというほど話は盛り上がり、「もう一軒」と炉端焼きの店に案内された。釧路は炉端焼き発祥の地なのである。

おじさんは、自分が北海道3代目であること、祖父が新潟県の寺泊から移住して来たこと、家のルーツをたどって寺泊まで行ったがよく分からなかったこと、などなど語った。寺泊は、良寛が生まれた出雲崎の隣りの港町で、北海道とは古くから海路でつながっていたのだろう。開拓・移住・ルーツと、私の日常にはあまり登場しない話題に「ああ、北海道だなあ」と深く感じ入っていると、おじさんはいつの間にか酔いつぶれていた。

釧路を愛してやまない3代目は、新潟まで出向いて寂しさを膨らませて帰って来たらしい。第1、2世代が「開拓」に賭けた苦難とエネルギーは、第3、4世代の満たされた時代になって、むしろ「根っ子への渇望」を生み出しているのだろうか。「俺は骨も皮も北海道」と言い切るには、あとしばらくの時間が必要なのだろう。眠るおじさんを背負い、旅館に送り届けたのが私の釧路の夜となった。

翌朝、街は深い霧に沈んでいた。灯台がある小高い住宅地を歩いていると、ボー、ボーと霧笛が響いて来た。いかにも霧の街らしいと旅情をかきむしられたが、暮らしている人にとっては霧笛は騒音であるらしい。この稿を書いている今日(12月12日)、たまたま「霧笛は近く廃止される」と聞いた。船舶の装備が進歩し、音による航路標識活動の必要性が薄れたためだという。あの響きを、いつまでも耳に記憶しておきたいものだ。

今日の東京は異様に暖かく、最高気温が17.4度だった。私が釧路の街を歩いた8月下旬、街頭の温度計が17度を表示していたことを覚えている。ちなみに本日の釧路の最高気温は6.7度、最低はマイナス5.8度とある。日本にはいろいろな街といろいろな気温がある。釧路ステーション画廊は9月末に閉鎖されたはずだ。街は少し寂しさを増して、その分、メランコリックな味わいを増幅させていることだろう。


今日はいささか古い話になりますが、北海道釧路市を訪ね、「釧路ふるさとカルタ協会」でお話を聴いた日(2009.8.20-21)のことを。その紹介は「日本財団ブログ・マガジン」に掲載されています。


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