今日は、この街にいます。

《10》 島根県松江市

《10》 島根県松江市
しばらくは昼の名残りを保っていた蒼穹が、一気に黄金の輝きを増し、水面に光りのプロムナードを延ばして来た。「シナバー角度」とでも言おうか、光の屈折が、世界を朱に染める太陽の高度があるらしい。この絨毯を歩いて行ったら、どこに行き着くのだろうと、惚けたように眺めていた私は、いっとき自分がいる場を忘れた。いい街で、いい日和に出逢ったものだ。私はいま、山陰の都城・松江にいて、宍道湖のほとりで落陽と向き合っている(写真・上)。
松江に到着するや、駅前の観光案内所で「今日は夕日が見られるでしょうか?」と尋ねた。受け付けの女性は「お待ちください」とパソコンに何やら入力し、「はい、指数100ですから大丈夫です」と自信たっぷりに回答してくれた。松江には「夕日指数」というものがあって、指数化された数値で「週間夕日情報」を発表しているのだ。「本日の日没は16時55分」と電光表示板。「30分前には行かれた方が」と親切なアドバイスも。
松江の夕日は宍道湖が舞台だ。沖に浮かぶ嫁ヶ島をシルエットにして、神話の国・出雲へと落ちて行く夕日ショーは絶景で、土地の人が日本一だと胸を張ることに異論はない。ネットには「本日の撮影ポイント」まで表示される。ただ師走のこの季節、山陰で指数100に出会える確率は低い。湖畔でほれぼれ眺めていると「今日の夕日は大きい! 完璧です」と声をかけられた。夕日にも大きい太陽とそうでもない日があるのだそうで、私は実に強運である。
松江市は、県庁所在地としては4市しかない「人口20万人未満クラブ」の一員だ。そんな小さな街に、観光客が年間860万人もやって来るのだという。お城と、お抹茶が似合う武家屋敷街、宍道湖や川が織りなす水辺の風情、小泉八雲の怪談的文学世界、温泉とシジミと日本海の幸・・・これほど観光資源に恵まれた街は珍しい。そのうえ運が良ければ日本一の夕日が見られるというのだから、観光客が押し掛けないわけがない。
とはいえ師走の街に人影は薄い。昨今の地方都市はおおかた似たようなものだけれど、これほど人に出合わない街を歩いたことは、余りない。駅前から寺町を抜けて古風なアーケード街に出て、松江大橋で大橋川を渡る。東の方角にうっすらと見える巨魁は大山だろう。料亭街のような静かな家並を過ぎて、整備の行き届いた京橋川通りでお茶を飲み、カラコロと観光物産館を一回りすると支社や支店の看板が並ぶオフィス街になった。
地元新聞の本社ビルらしき四つ角は松江の中心地のひとつなのだろう、スクランブル交差点になっていて、数人の歩行者が信号の変わるのを待っている。しかし車が全く通らないのだから、小さな通りは渡ってしまえば済みそうなのに、と考えるのは東京人の悪しき品性か。広大な県庁の前庭を横目に城にたどり着いて天守閣に登り、北側の小泉八雲旧居あたりへと下りてようやく観光客のそぞろ歩きに出合った。
通行人が少ないことは、街として何ら欠陥ではない。ただ、どこかバランスがとれていないように感じたのは、異様に、と言ってもよさそうなほど市街地の整備が進んでいることだ。人通りのない商店街のカラー舗装、誰もいない堀端のプロムナードや宍道湖の夕日観覧席・・・。投下された税金と効果は均衡がとれているのだろうか。島根県は県民一人当たりの公共事業費が全国トップで有名だったが、その宴はまだ続いているのか?
大きな橋が何本も架かり、整備された道路が走る。公園は手入れが行き届き、美術館の眺望は抜群だ。それらはすべて結構なことだが、さらに道路の拡幅や歴史資料館の建設を進めている「中心市街地活性化」は必要な施策か? 街を歩くと「140億円の無駄遣いを止め、大手前通りを残そう」「銘橋 松江大橋を守ろう」といった張り紙も目に入って来る。公共投資に「満腹」はないのだろうか。
私が初めて「本物の天守閣」を見上げたのは25年前、松江城だった(写真・下)。以来、さまざまな城跡を訪れたが、松江城のバランスのとれた美しさは国宝指定の天守に決して劣らない。案の定「松江城を国宝にしよう」と大書した幟が掲げられていて、再訪した私は意を強くした。そう、松江ほど恵まれた街は、観光客がとりあえずチャラチャラ喜ぶような整備ではなく、街そのものが国宝になるよう、内なる暮らしを磨き込んで欲しいのである。
| 今日(12月8日)は 島根県松江市を訪れ、日本財団がお手伝いしている「地域ポータルサイト」や、社会福祉法人の活動を取材させていただいた。その内容は1月、「日本財団ブログ・マガジン」で紹介する。 |