[ 2010-01-27]

今日は、この街にいます。

加藤 春樹
加藤 春樹


《15》 島根県出雲市


呪力とは「超自然的・非人格的な力の観念」を意味するらしいが、響きだけで何やら呪力を感じる地名がある。例えば「出雲」あるいは「伊勢」「三輪」がそれだ。そして偶然か必然か、この3地点はあたかも日輪の運行ラインであるかのように同一線上にある。記紀神話や出雲国風土記の戯作者による、見事な「国産みマジック」だなぁ・・・などと、とりとめのない想念に囚われながら、私は出雲大社に向かうバスに揺られている。

出雲市駅前から30分ごとに出発する出雲大社・日御碕行きの路線バスは、「正門前」停留所が近づくと、ご丁寧にも「出雲大社に参詣されるには、次の大社前が便利です」と案内が流れる。だから参詣客のほとんどはそのまま乗り続ける。しかしこれは惜しまれる。神社仏閣への参詣は、長い参道を歩くことから始まると、法隆寺を例に白須正子さんも書いているではないか。参道の空気を吸いながら門に近づくことで、初めて理解できることがある、と。

私は当然、正門前で降りた。そして鳥居を潜り、松の香りを思うまま吸い込む幸運を得た。びっくりするほど甘露な味だった。その上もう一つ、参道は緩やかな下り坂になっていることで、大社の社殿群が小高い丘に囲まれた窪地に建てられていることを体感できた。これも収穫である。近年発掘された巨大な柱跡をもとに算出された高さ16丈(約48メートル)という古代出雲大社の壮大さを、実際の景観の中に連想することができたからだ。

創建時の出雲大社は、奈良・東大寺の大仏殿よりも高層であったという記録などから、古くから研究者による古代の神殿復元が試みられて来た。その模型は社域に隣接する島根県立古代出雲歴史博物館にたくさん並べられているが、発掘された柱をベースに想定された最新の超高層模型が説得力を持つ。48メートルという目も眩むような柱群のてっぺんに、長大な階段スロープが延びて行く神殿だ。

高さが16丈であるとすれば、正門鳥居の丘と似たような高さになる。神殿は、丘陵に囲まれた窪地の底にあって、丘の稜線と並ぶほどの高さに祀りあげられていたのではないか。神話では、国ゆずりに応じたオオクニヌシへの感謝を込めて、アマテラスがその望み通りに高殿を建てたとなっている。だがそのバランスは異様で、オオクニヌシが「海に遊びに行くため」に長大な階段が付けられてはいるものの、神殿はまるで空中カプセルのように不安定だ。

さらに本殿内部の御座所が西向きであることに着目する必要がある。オオクニヌシは階段に通じる南ではなく、西を向いておいでなのだ。神社建築を代表する伊勢神宮の神明造と出雲大社の大社造の違いは、同じ切妻造でありながら、平入の神明造に対し、大社造りは妻入であることだ。だから正面(南面)の造りが異なるとされているけれど、実は「正面は同じ平入部なのだが、大社造はそこに出入り口を持っていない」ということなのではないか。

つまり大社の正面は西面で、しかも壁で塞がれ、唯一の出入口は建物の脇に開口しているのだ。この事実と、異様な空中楼閣である出雲大社の創建時の姿を考え合わせれば、神殿は、オオクニヌシを空中高く幽閉するために建てられた、それが真相なのではないか。これは日本史を揺るがす大発見だ! 参道(写真・下)をゆるゆる歩きながら、私の想念はほとんど妄想の域に突入したようで、これも出雲の呪力が成せる仕業であろう。

その時、巨大な注連縄(写真・上)を揺るがせて、にぎやかな太鼓の音が響いて来た。どこかで善男善女がお祓いを受けているのか、強烈なリズムが聖域の静寂を破って、私の夢想を打ち砕いた。何やら心地よくなる、軽やかな鼓動である。身体が勝手に踊り出しそうで、歌詞を付けたらそのまま歌謡になるのではないか。出雲は神が身近だ。こうしたリズムが長い時間をかけて編み出され、人々の心に神を宿らせて来たのだろう。

日本中が神無月になると、出雲は「神在月」になる。すべての神々が、この地に集まって来るからだ。そうした神々が上陸する稲佐浜に行ってみようと集落の細道に迷い込むと、簡素な社殿が建っていた。集まった神々が会議をする「上の宮」だ。そして一帯の地名は「仮の宮」。「上の宮」のことだろう。神話と生活が渾然として、区分できないのが出雲なのだ。その呪力に誘われ、私はさらに西へ、日御碕を目指す。


出雲を歩いた日(2009年12月10日)、出雲大社を経由して島根半島の西端まで行った。そこには見事な石積みの出雲日御碕灯台が屹立している。その様子は「日本財団ブログ・マガジン」で。


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