[ 2010-02-24]

今日は、この街にいます。

加藤 春樹
加藤 春樹


《20》 北海道小樽市


雪の小樽を訪ねた。観光名所の運河は中国人観光客でにぎわっていたし、冬の寿司ネタが素晴らしいことは私自身が確認した。しかし書いておきたいのは「文学館」のことだ。小樽駅からまっすぐ港へ延びる「中央通り」の南側を、平行して下って行く大通りは「日銀通り」と呼ばれ、港湾経済華やかなりしころの街の風格を留めている。そのなかほどの旧日銀支店(写真・下)と、通りを挟んで向き合う建物に小樽文学館がある。

古いビルを再利用しているのだろう、小樽市立の文学館と美術館が同居していて、2階が文学館だ。文書館ほどではないにしても、文学館は美術館や博物館に比べ「色気」に欠ける。展示の中心が文字資料であるからそれは仕方のないことで、多くの場合(文学館はあまり多くはないが)カビ臭くもある。だが5、6年前になるだろうか、初めて立ち寄った小樽文学館はどこかマニュアックな印象が面白く、もう一度訪ねたいと思わせる魅力があった。

たまたま「ちまちま小樽文壇史+偉人物語展」が開催中で、参観者は少ないものの展示室はにぎやかな色彩で溢れていた(写真・上)。なぜかソクラテスから石原裕次郎、赤塚不二夫に至る85人の「小樽文壇史年表」に沿って、ミニチュア粘土人形がユーモラスにその業績を紹介している。そのせいで常設展示の、いかにも作家の部屋らしい伊藤整の乱雑な書斎(復元)もカビ臭くなく、痛々しいはずの小林多喜二コーナーは冷静に臨めた。

以前は出口に古本を詰めた段ボール箱があって、私は藤沢周平本をいただいて帰りの旅の友にしたことがある。今回は「古書室」ができていて、文庫本や単行本、写真集などがまるで図書館のように並んでいる。「一人5冊まで」と書いてあって、拝借料は「お志で」といういさぎよさだ。どういう仕組みか窓口に訪ねると、「皆さんが持ち寄って下さって・・・」とはっきりしない。小樽では古本を融通し合うことなど当たり前らしい。

さらにfree caféでひと休みできる。カウンターのお茶とコーヒーも「お志で結構」だ。平日の文学館など閑散としていることが当たり前であろうに、職員がきちんと飲み物の減り具合を確認し、補充している。何とチャレンジ精神に富んだ文学館かとうれしくなって古本棚を漁り、アーサー・ヘイリーの『ホテル』をいただいて帰る。おかげで数十年ぶりに(わずかな「志納」で気が引けるほど)楽しく読み返すことになった。

文学館のこの元気のよさには強力な助っ人がいるに違いないとネットで検索すると、案の定「小樽文学舎」という支援グループに行き当たった。会員制の市民組織で、古書バザールを開催したり海外の研究機関に図書を寄贈したり、あるいはさまざまな文学ツアーを企画しているらしい。かつては人口が20万人に達しようとする時期もあった小樽だが、いまは13万4000人の街だ。そんな街が文学館を維持し、支える市民たちがいる。

著名な文学者を生んだからといって街が偉いわけではない。先人の遺産を糧に、市民が元気に活動しているからこそ、その街は素晴らしいのだ。館のホームページを読んでいてだんだん楽しくなった。文字が小さかったり改行が乏しかったり、行幅が極端に長かったり短かったり、いささか読み難いのだが、「北海道開拓とは果たして何であったか」と重々しい問いかけがあったりして、人々の文学への思いが爆発している。

小樽は存在感のある街だ。歴史は短いとはいえ「小樽文化」と呼んでいいような空気がある。それを支えている柱の一つが文学館なのだろう。文学や街に対する沸々たる想いが、マニュアックなまでの支援活動になって、古書の活用や風変わりな企画展開催のエネルギーを産み出している。隣りに美術館がある。例えば文学と美術が響き合うOtaru賞を創設できないか、などと空想していたら、雪に足を取られた。


今日(2010年1月27日)は雪の小樽を歩き、小樽築港のベイエリアまで行った。そのことは「日本財団ブログ・マガジン」で。


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