“生の芸術”アール・ブリュットがアート界を刺激する
豊かな文化

アール・ブリュット周辺の環境を整える


アール・ブリュットをもっと多くの人に見てもらうための課題は山積している。日本財団や長年アール・ブリュットを推進してきた滋賀県社会福祉事業団などを中心に、作品の保管や作家の権利の保護などについてさまざまな取り組みが動き始めている。

アール・ブリュット支援事業は、「日本財団DIVERSITY IN THE ARTS」として展開しています。
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2012.10.01

アール・ブリュット作品を守れ!

芸術の都・パリで絶賛された「アール・ブリュット・ジャポネ」展。しかし日本国内では、まだまだ作品の価値が評価されにくい現状がある。その影響を大きく受けているのが、作品の保管の問題だ。
アール・ブリュット作品の多くは、施設や各家庭で創作されるため、適切な環境で保管することはかなり難しい。パリ展に出展した作品ですら、散逸する可能性があった。そこで日本財団は、作家のもとを訪ね、作品の保管に同意した方45名、合計622点の作品を収蔵することとなった。

ボーダレス・アートミュージアムNO-MAのアート・ディレクター、はたよしこさんも「日本財団の申し出はとても嬉しかった」と振り返る。
「私はアール・ブリュット作品を見つけるために多くの福祉施設を訪れます。『以前見た作品をもう一度見たい』と思って訪れた福祉施設で作品の所在をたずねたら、物置に荷物が山積みにされた中に作品があって、しかもそこは雨漏りしていて、ねずみのフンまであった、ということがありました。でもそこは福祉施設であって、美術品を管理する場所ではありませんから仕方がない。そんな場面に遭遇すると、作品を見つけた者の責任を感じずにはいられませんでした。一般の美術作品も、美術館やコレクターが大事に所蔵したからこそ、後年まで作品に触れることができる。ですから日本財団がアール・ブリュット作品を所有してくれて、これからも多くの人に作品を見てもらうことができるのは本当に嬉しいです」
日本財団は、所蔵した作品を美術館連絡協議会に3年間貸し出すことを決定、加盟する公立美術館を対象に巡回展を開催する事業を行っている。

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アール・ブリュットに取り組む環境を整備する

もうひとつ、「アール・ブリュット・ジャポネ」展をきっかけに浮き彫りになったことがある。権利に関する事柄だ。パリの美術館が出品作家全員との正式な契約を求めてきたことに端を発しているが、これまで日本のアール・ブリュット作品の権利や契約に関しては、あいまいになっていた部分が多かった。例えば、もし著作権の侵害があっても、著作権の侵害は作家自身が権利の侵害を主張しなければならない。だが知的障害が重い作家がそれを行うことは非常に困難だ。

それらをふまえ、日本側の窓口となっていた滋賀県社会福祉事業団は、出展作家のもとをすべて訪れ、主旨を説明。家族や縁者の方々と時間を費やして話をし、また専門弁護士などを交えて議論をした結果、最終的に本人が契約できない場合は、成年後見制度を活用することに決定した。こうして出展作家のほとんどがパリの美術館と出展契約を結ぶこととなり、これまであやふやだった著作権や所有権も明確になった。このことは、アール・ブリュットを日本社会に根づかせる環境づくりのうえで、一歩前進となった。

また「アール・ブリュット・ジャポネ展」の日本巡回展などをきっかけに、国内で注目度が高まったことで、障害者を支援する福祉施設や周辺の人々から滋賀県社会福祉事業団へアール・ブリュットに関するさまざまな問い合わせが増えているそうだ。

アール・ブリュットの未来を支える人材を育てる

写真アール・ブリュットに関わる人材を養成することにも、日本財団は支援の手を伸ばしている。アール・ブリュットは作品を発表しようという意識がないままつくられる芸術。そのため、誰かが作品を認めて世に発表しなければ、多くの人の目に触れることはない。そこで、現代アートの理論や実践について学ぶ教育プログラムなどを行っているNPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]に協力をあおぎ、アート・ディレクターの養成にも力を注ぎ始めた。

社会福祉法人松花苑みずのきを通してアール・ブリュット作品に携わってきた奥山理子さんも、このプログラムに参加するひとりだ。「この講座を受けてまず、衝撃を受け、学ぶ姿勢が大きく変わったことがありました。それは、みずのきが参加する数々の展覧会等を目の当たりにしてきたわたしにとって、アール・ブリュット作品、即ち制作と意識しない表現、あるいは行為だったとしても、質が高ければ当然それらはアートとして語られるものとばかり思っていたのが、実はこれまで美術の文脈の中では非常に語られにくいものとして存在してきたということです。アートという分野におけるアール・ブリュットが位置している“らしい”場所を認知したことをわたし自身の出発点とし、自分なりの学びの成果を見出していきたいです」と話す。今後は日本財団の助成で2012年10月に開館するみずのき美術館で、運営者の一人として携わる。
写真 同じく高知県の藁工ミュージアムの学芸員松本志帆子さんは「アール・ブリュットを紹介する難しさを感じています。アール・ブリュットは、作家本人の意志が聞けない場合も多いですから、制作の過程や状況をふまえながら、展示に訪れる人だけでなく、作家本人にとっても良い展示になるよう、ここでいろいろなことを覚えて吸収したい」と意欲的にプログラムに取り組んでいる。
また、滋賀県のボーダレス・アートミュージアムNO-MAから参加した西川賢司さんは、「美術を体系的に学べるので、勉強の機会はとてもありがたいです。また財団の支援を受けてできたほかの3館のアート・ディレクターの方とも交流ができるので、今後の協力体制も含めて、アール・ブリュット美術館の新しいベクトルが見つけられたらと期待しています」と感想を述べた。

彼らアート・ディレクターたちらが、日本のアール・ブリュットの未来を支えているといっても過言ではない中で、彼らがアール・ブリュットをどう理解し、社会に発信しようとするのか。その基礎となる大切な部分をしっかり支えるために、日本財団は今後も力を注いでいく。

撮影:染瀬 直人