“生の芸術”アール・ブリュットがアート界を刺激する
豊かな文化

「TURN」という視座から探求する「アール・ブリュット」


2014年11月8日、みずのき美術館(京都府亀岡市)で日本財団アール・ブリュット美術館合同企画展『TURN / 陸から海へ(ひとがはじめからもっている力)』が幕を開けた。監修者の日比野克彦さんが掲げた「TURN」という言葉を軸に、作家の障がいの有無にとらわれずに選定された16作家41作品が展示され、「ひとがはじめからもっている力」を再認識することの重要性を提示した。

2014.11.21

「福祉」や「アート」の枠を超えた展示

日本財団が支援する4つのアール・ブリュット美術館、「みずのき美術館」(京都府)、「鞆の津ミュージアム」(広島県)、「はじまりの美術館」(福島県)、「藁工ミュージアム」(高知県)が初めて実施する合同企画展『TURN / 陸から海へ(ひとがはじめからもっている力)』。
監修を務めるのはアーティストで東京藝術大学教授の日比野克彦氏。2014年11月から2015年9月に渡って順次開催され、各美術館で展示する作家や作品は変化していき、地域の特色を生かしたローカル・プロジェクトも行われる。
11月8日にオープニングを迎えたみずのき美術館では、岡本太郎の写真や劇作家で演出家の野田秀樹の朗読による参加など、「福祉」や「アート」に限定されない16作家による41作品を展示した。

日本財団アール・ブリュット美術館合同企画展2014-2015
『TURN/陸から海へ(ひとがはじめからもっている力)』

TURN展 公式ウェブサイト http://artbrut-nf.info/

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>Story みずのき美術館【京都府】−−アール・ブリュット美術館へ行こう!(4)

アートは人間一人ずつに寄り添うもの

アール・ブリュットとはフランスの芸術家ジャン・デュビュッフェの言葉で、日本語では「生 (き) の芸術」などと訳される。正規の美術教育を受けていない作家によって制作された、美術界の伝統や潮流、世間の流行などの影響を受けない独創的な絵画や造形のことを指す。欧米では美術作品として価値を見出す市場がすでに成立していて、アール・ブリュット作品を専門に扱うギャラリーも多数存在している。

写真:スピーチする日本財団の笹川陽平会長しかし、日本では福祉施設で生まれた作品が多いために「アール・ブリュット=障がい者アート」と短絡的にとらえられがちだ。
そんな状況について日本財団・笹川会長は、8月28日に行われた『TURN展 東京フォーラム』において「障がい者の作品だから素晴らしいという考え方は間違いです。人々に素晴らしい感動を与えてくれる作品がたまたま障がいを持った方が作った物であったということなのです」と発言し、理解を求めた。

そして、今回の合同企画展で日比野さんとTURN展実行委員会(4つのアール・ブリュット美術館で構成)が、もっと新しい考え方を提示して、アール・ブリュットの理解を促進しようと掲げたのが「TURN」という言葉だ。
写真この単語には、「折り返す」「回転させる」「変質する」など多くの意味があるが、「人が生まれながらに持っている」という意味も併せ持つ。
「陸から海へ」は「TURN」という考え方の源で、人類が日常生活を過ごす「陸」から、生命が誕生した「海」へと回帰するようなアプローチを示している。
現代社会は「ひとがはじめからもっている力」を常識や理性、固定概念などで抑えこみ、協調性を重視することで均衡した社会基盤を築いてきた傾向がある。しかし、今後、人類がさらに豊かな生き方をするためには「ひとがはじめからもっている力」を再認識することにより、人間が本来持つ強い生命力を取り戻す必要があるのではという提案が「TURN」には込められている。

「何千年も前に描かれたものなのに、洞窟のマンモスの壁画を眺めると感動することができます。でも、現代の美術教育を受けた美大受験生の上手なデッサン画を見てもあまり心は動かされません。そういう意味では、美術は進化しないもの。科学や医学などのように先達の研究や理論が積み重ねられて進化するものとは違い、横に拡がっていくイメージなのです。アートは人間一人ずつに寄り添うもので、人それぞれに正解があって完結します。それを素直な行為として行っているもののひとつに、アール・ブリュットという世界があるのではないでしょうか。『TURN』という考え方によって、こうしたアートの原理が社会に広がっていけば、今の社会的な問題を解決するヒントにもなっていくと思っています」(日比野さん)

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新たな観点を創起させる刺激的な展示

みずのき美術館の展示は、1階のガラス越しに見える場所に、島袋道浩の『輪ゴムをくぐりぬける』が設置されている。日常にありふれた素材である小さな輪ゴムを、人間がくぐり抜けるという違う使い方を用いることで、非日常を感じさせてくれる作品だ。その奥にあるマルセル・デュシャンの写真作品『泉』は、男性小便器に「泉」という名を与えることで、新たな観点を創起させられる。フロア中央にある地下室には、本企画展にあわせて滞在制作された淺井裕介『手と絵と目を信じてる』が壁や床に直接描かれている。

写真2階には岡本太郎が撮影した写真や野田秀樹のエッセイ『人類への胃酸』をモチーフにした作品と声の出演、障がい者支援施設みずのきの通所者・北川義隆のアトリエ活動を記録したドキュメント映像『ダンボールと水』、ダルマの目を他の場所に墨で入れることによって世界にズレを生み出す田中偉一郎『目落ちダルマ』など、美術作品の枠を超えた刺激的な作品がセレクトされている。
そして、2010-2011年にパリで開催された『アール・ブリュット・ジャポネ展』出品作で、日本財団が所蔵する2点の作品も展示される。

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表現することで生きている実感を味わう

写真そして、みずのき美術館で一番広いスペースを使っているのが、日比野さんが4館に併設する障がい者支援施設にショートステイ体験をした際に創作したペインティングや木工作品など。
「創作することではなく、施設の生活を体験すること」を目的に行ったショートステイの間に、自然と生まれたという計18作品だ。
>Video 日比野克彦氏が障がい者支援施設ショートステイで体感したアール・ブリュット

日比野さんは障がい者施設の生活体験で、アール・ブリュット作家の創作風景だけでなく、美術作品を制作しない入所者の方からも多くの刺激を受けたという。
入所当初は、奇声を上げる方や何度も同じことを繰り返す行動障害を抱える方の姿などに戸惑ったが、スタッフの方と一緒に見守っているうちに、その奥にある伝えたいことが少しずつ理解できるようになった。そして、入所者それぞれの独特な行動も、「自分はここにいる」「自分に注目してほしい」といった思いを込めた自己表現だと気づいたという。

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ショートステイやTURN展の監修作業を通して、日比野さんは「一人の表現者として、『人間はなぜ絵を描くのか?』という問いをずっと持っていたが、それを考えるヒントがあった」と振り返る。
写真「僕は進路を迷っている高校生の時、あるきっかけから『自分を表現することで、人間は生きている実感を味わえるのだ』と考えるようになりました。そして、自分を表現する手段として選んだのが絵なんです。今は美術の世界になんとなくいるけど、どうしても絵が描きたいということではない。絵を描くという手段は選んだけど、目的はあくまでも『生きている実感を味わうこと』。別に絵以外の手段で、それが味わえるならば他の手段でも構わないと思っています。今回のショートステイ体験では、生きている実感を味わえる瞬間がたくさんありました。その結果が、絵を描くという行為に自然に移行したということです」

みずのき美術館キュレーターの奥山理子さんは、今まで美術に興味を持っていなかった人たちとも『TURN展』によってつながれると感じている。
写真:みずのき美術館キュレーターの奥山理子さん「アール・ブリュット美術館は“福祉”と“美術”をつなぐ場として、地域との関係性も育みながら運営しています。今回の『TURN展』は、今まであまり美術に触れる機会がなかった地域の方々でも、『輪ゴムをくぐってみたい!』といった感じで足を踏み入れてくれやすい展示になりました。私たちキュレーターも、まだ『TURN』という言葉をしっかりと自分たちのものにできていない部分があります。ですから、1年近い巡回展の中で、観に来てくださる皆さんと一緒に発展的に『TURN』について考えていけたらと思っています」

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●みずのき美術館『TURN展』
協力:ARATANIURANO、カモ井加工紙株式会社、川崎市岡本太郎美術館、佐藤初女事務所、田口造形・音響、NODA・MAP、株式会社ヒビノスペシャル、株式会社ファーンウッド、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、公益財団法人ミモカ美術振興財団、森のイスキア

写真撮影:三輪 憲亮
※文中は一部敬称略