社会を支える看護師を育てる
みんなのいのち

若い看護師の視点で地域の健康を守る


間もなく二期目の開講を迎える日本財団在宅看護センター起業家育成事業。一期生の最年少受講者だった布尾智子さん(29)は、経験不足を若さと熱意で補い、高齢化が進む地域でまちおこしにも役立てる在宅看護センターを目指して、事務所開設への準備を進めている。

2015.06.05

高齢化が進むニュータウンに健康と安心を

写真:布尾智子さん布尾さんは2015年1月に研修を終えた後、兵庫県内の訪問看護ステーションに勤務しながら、出身地の大阪・千里ニュータウンで在宅看護センター立ち上げの準備中だ。1970年の大阪万博開催に合わせて開発された千里ニュータウンでは近年、住民の高齢化が進み、人口に占める65歳以上の年齢の割合を示す高齢化率は既に30%を超えている。布尾さんは、家族や友人が暮らす大好きなまちで、高齢者も子どもも健康で安心して住み続けるための在宅看護センターをつくることを目指している。

「10年程度の臨床経験を持つ看護師」「年齢30歳以上」などを条件とする日本財団在宅看護センター起業家育成事業で、布尾さんの受講は“特例”として認められたものだった。
写真「私は年齢も看護師の経験も若干足りませんでした。急性期病院の勤務経験のみで訪問看護ステーションに勤務した経験もありません。ただ、将来的に看護師として起業したい、地域のために働きたいという気持ちの強さだけには自信がありました。
在宅看護を意識するようになったのは、看護師1年目のころに親族が亡くなってからです。その親族は末期の胃がんが見つかったときに自宅療養を選択し、ギリギリまで茶道教室を続け、家族に見守られながら最期を迎えました。やりたいことを続けその人らしく過ごしたこと、そして、亡くなったときの顔が穏やかで美しかったことにとても感動しました。それまで病院で看取ってきた患者さんたちの多くは、『家に帰りたい』という願いが叶わないつらさに耐えていたり、点滴などの影響で顔や体がむくみ元気なころと印象が変わったりして、私も『病を患い死を迎えるというのは、こういうことなのだ』と少なからず感じてしまっていたのです。親族の看取りを通じて、どのような治療をするのか、その治療をどこまでするのか、どのように生きたいのか、自分自身の生き方や生きる場所を選択して最期を迎えることの大切さを感じるようになりました。そして、その選択の実現を支えられる看護師でいたいと思いました。
もうひとつ、生まれ育った千里ニュータウンのために働きたいという夢もありましたから、地域の在宅ケアの担い手を育成するという日本財団在宅看護センターの募集を知ったときに、これだ!と思いました。自分は応募の条件には足りていなかったけれど、ダメもとで連絡してみたのです」

写真 布尾さんの熱意が認められ、研修修了後に「在宅看護事業所で働いて、経験を積んでから起業すること」を条件に受講できることになった。しかし、仕事を辞め収入がない中での生活は厳しかったという。他の経験豊富な受講者の中で、自身の経験や知識が不足を感じることもあったが、壁にぶつかったときは、ほかの受講者や講師陣の存在が助けになった。
「自分が落ち込んでいたりしても、ほかの人が頑張っている話を聞くと刺激を受けて『私もしっかりやらなくちゃ』って、元気になれました。先生方もユーモアが豊富で、励ましてお尻を叩いてくれる方もいらしたので、挫折することなく、修了式を迎えることができました。力をもらえる環境をつくっていただいたことに、感謝の思いしかありません」

明確なビジョンを持つ経営者を目指して

写真研修期間中、最も印象に残っているのは、静岡市の有料老人ホーム「ナーシングホームあしたば」での実習だという。静岡赤十字病院で看護師長を勤めていた福與冨美子さんが、病院での経験を踏まえ、患者や家族にとって本当に必要な施設を追求するために開業した施設だ。介護や医療処置の必要性の違いに応じた3棟の入居施設のほか、在宅での介護、看護サービス、通所施設なども備えている。布尾さんはここでの経験から、自分が目指す在宅看護センターのイメージが固まってきたという。
「『あしたば』では看護職だけではなく、介護職、洗濯室で働く方、掃除を担当される方、ケアマネージャーや訪問看護の方、すべての職種の方と交流することができました。充実した設備やサービスも素晴らしかったですが、何よりも外部スタッフも含めた全員が生き生きと働いているところに感動しました。経営者の福與さんの理念である『利用者に対するおもてなしの心』が職員全員に浸透し共有できているからこそ、素晴らしいサービスが提供でき、職員がそのことに誇りを持って働くことができる職場環境になっていると思いました。私も、利用者と職員が『happy』になれる環境を提供できるようになりたい、そのためには経営者として、ぶれないビジョンをしっかり持ち、共有していかなければならないと学びました」

若い力で地域を支える在宅看護センターをつくる

写真布尾さんの千里ニュータウンの事務所は2015年10月に開設予定。実際の看護の仕事は、在宅看護の経験が豊富な兄弟のサポートを受けることになっており、布尾さん自身は、経営者として理想の在宅看護センターづくりに取り組みたいという。
「『あしたば』で学んだように、明確なビジョンをスタッフと共有して、センターの運営をはじめたいと思います。みんながついてきてくれるような経営者になるには、もっと自分を磨かなければと考えています。センターでは、パートタイム看護師の雇用を積極的に行い、子育てなどの生活と仕事のバランスがとりやすい勤務形態をつくり、潜在看護師の発掘と活用を進めていきたいと考えています。そして、経営が軌道に乗ってきたら、研修の受け入れや、新卒看護師の採用もできるようになりたいと考えています。
看護や介護の仕事は3Kといわれている通り、確かに楽な仕事ではないと思います。重い責任も伴います。でも、やりがいがあり、とても魅力溢れる仕事です。若い人には看護師は病院の中だけではなく、地域に出てもっと幅広く活躍できる仕事だということを知ってもらい、たくさんの方と一緒に働きたいです。在宅の経験がなかったり、看護師経験が短かったりしても、サポートできる体制を私自身の経験を生かして、つくりあげていきたいです。それと、憧れや誇りを抱いてもらえるように、ユニフォームも含め職場環境づくりにも力をいれたいなと思っています」

布尾さんは現在、受講が認められた時の約束通り、在宅看護の経験不足を補うために訪問看護ステーションに勤務中。現場で利用者たちと接する看護の仕事のほか、管理者業務についても勉強を続けている。
「雨や雪が降っても、夏日になっても、バイクにまたがって1日6人ほどの利用者のお宅を回っています。あらためて 在宅看護の難しさや面白さを実感しています」

将来的には障害者や高齢者の雇用支援、病気の子どもを含む児童保育などのサービスも提供していきたいと考えている。高齢化が進む町の再生のために、看護師の立場からの町おこしに携わりたいと夢がふくらんでいるという。

写真

撮影:コデラケイ