ハンセン病の制圧に向けて
人間の安全保障

自立へと歩み続けるインドのハンセン病コロニー


ハンセン病の新規患者数が年間約12万人にものぼるインドは、ハンセン病にまつわる諸問題も多く抱えている。患者・回復者に対する社会的差別を解消する活動が続けられる中、インドである変化が起き始めている。

2012.10.01

インドのハンセン病事情

世界第2位、12億人もの人口を抱えるインド。ここには世界中のハンセン病患者のうち、55%もの人が暮らしていると言われている。新規患者数も年間約12万人にものぼり、推定で約1200万人もの回復者たちが暮らしている。中には、病気に対する偏見から故郷を追われ、肩を寄せ合うようにコロニーで暮らす人々もいる。

ハンセン病の制圧に向けて重要な地域となっているインドで、ハンセン病に関わる諸問題を解決するために活動しているのが、ササカワ・インド・ハンセン病財団(通称SILF)だ。2006年にインドの首都デリーに設立され、ハンセン病患者・回復者らが物乞いを脱して尊厳のある生き方ができるようにと動いている。

融資しながら、自活する術をともに考える

インドでは、寺院や駅周辺などで物乞いする人の姿を多く目にする。その中にはハンセン病回復者も多い。なぜならハンセン病は診断・治療が遅れると手足の変形などの後遺症が残るため、差別の対象となりやすく、それが原因で就職を断られることが多い。そのため、職につけずに物乞いで生計を立てざるをえない回復者が多く、経済的に貧しいと高等教育の機会も阻まれ、必然的に子どもたちも貧困のサイクルに巻き込まれてしまう。

この悪循環を断ち切ろうと、2008年、SILFは経済的な支援として小規模なビジネスを実施するための小口融資を開始した。

具体的には、SILFとメンターとなるNGO、州のハンセン病回復者リーダーがコロニーに出向き、小口融資の説明を実施、内容を理解した上で事業をしたいと申し出た人に対して融資を行うというもの。実際に融資をする前には、スタッフたちが事業計画を立て、事業がうまくいくために、事前に何を準備したらいいかなどを彼らとともに調査・検討。融資後も、さまざまなサポートの手をのばすなど、決して資金を出して終了というものではない。

マディヤ・プラデーシュ州で小口融資を受け、事業を成功させたのは、女性たちによるグループだ。そのひとり、ヒラ・バンダリさんは、当時のことを振り返って「SILFの人がコロニーに来たとき、私たち家族に収入源はなく、生活は手の施しようがない状態でした」と話す。他のメンバーの生活も困窮していたため、SILFスタッフやハンセン病患者組織の州リーダー・サラン氏が彼らに説明する小口融資の話は、今までにないものだった。

「SILFから借りたお金は返済する必要があるけれど、それはSILFにではなく、コロニーの組合に戻されるという話でした。だから借りたお金も利子もコロニーに残る。この話は、私たちコロニーの住人にとって有益な話だと感じました。SILFの生計サポートプログラムに参加したいという思いが強くなったのです」

他のメンバーと相談を重ね、ついにサリーの製造・販売をしたいのだとスタッフに申し出た。スタッフは、彼女たちがつくるサリーがより良いものになるように、彼女たちに刺繍の技術を磨かせ、またマーケティングの能力を高めるため市場に出向かせるといったサポートを行った。

ただ、これまで社会と深く接して来なかった彼女たちは、社会に出ることに大きな不安を感じたと言う。地域社会に出て、どんな扱いをされるのか、商品を買ってくれる人はいるのか……。それでも、勇気をふりしぼった。そして彼女たちの事業は成功。彼女たちが得たのは収入だけではなかった。

「これまで私たちは、自分たちだけの世界で暮らしていました。周囲も、私たちを差別し、関係を持つことすら避けようとしていました。私たち自身の縁者でさえも……。でも仕事を始めたとき、彼らは、私たちが物乞いをしていたのは不幸な環境にいたからであって、機会とサポートさえ得られれば喜んで仕事をするのだと理解してくれた。私たちを差別していた社会も、私たちが堂々とした仕事をしていることを目にして態度を変えてくれました。今では、正当に評価され、私も、家族もとても満足しています」

ひとつの成功事例が誕生することで、事業への関心はコロニー内の仲間、さらには周辺地域にまで広がっていく。コロニーで暮らす人々の意識が変わった。そしてコロニーの周囲で暮らす人々も、事業を通して回復者たちと直接・間接的につながることで変化していく。差別をなくす変化が生まれ始めたのだ。小口融資は、これまでに14州で行われ、合計99プロジェクトが進行中だ。

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制度整備と意識改革を起こすために

日本財団がインドで行うもうひとつの重要な事業が、回復者からなる全国組織「ナショナル・フォーラム」を通じて、回復者のネットワーク化を支援することだ。自分たちの権利や社会制度などに関する知識を身につけ、生活や制度の改善に向けて、自ら、中央政府や州政府、地方自治体の役人側と交渉を行うための手助けを行っている。

政府やNGOが行っている手当だけでは、ハンセン病回復者の置かれている状況は変わらない。粗末な住居や低すぎる年金、就職や教育に関する問題などの改善をどのように図っていくのか、会議で議論され、回復者が中心になって運動を進めている。

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インドに赴任している日本財団の粟津知佳子は、各種プロジェクトでさまざまな調整を行ってきたが、特に印象深かった出来事があると言う。

「ビハール州で、年金の増額要求が行われたときです。これまでいろいろな差別を受けて来た回復者組織の代表は、当初、大臣や州政府の高官と同じテーブルにつくことをためらっていました。ハンセン病回復者と同じ部屋にいたりテーブルにつくことを避ける風潮が、インドにはまだまだあるからです。ところが州代表に依頼され、これまで誰も行って来なかったコロニーの実態調査を回復者の代表が短期間で行い、その結果を次の会議で報告したときです。彼らは同じテーブルにつくことを躊躇しませんでした。顔つきにも自信が表れていた。人は変われるんだ、そのことを実感しました」

2010年に行われたこの交渉は、2012年現在もまだ協議中だ。だがこれまで月額200ルピーの障害者年金しか配給されていなかったビハール州で、ハンセン病回復者を対象に月々1800ルピーの生活補助が支給される方向で話が進んでいるという。

一つひとつは小さくても、変化が起きれば、そこに連鎖する何かが現れる。ときには失敗も紛争も起きる。だが活動を続けていくことで、少しずつ成果を手にすることができれば、いつかはインド全体のハンセン病問題が解決される。そう信じて、日本財団の活動は続いていく。