ハンセン病の制圧に向けて
人間の安全保障

中国ハンセン病〜ハンセン病回復者が繋ぐ絆〜


日本財団は笹川記念保健協力財団と協力しながら世界のハンセン病問題に取り組んできた。その支援事業の中でも、「学生ボランティアによるハンセン病回復者村ワークキャンプ」というユニークな活動をしている中国の「家(JIA)」を紹介する。

2012.10.01

ハンセン病回復者村ワークキャンプについて、笹川記念保健協力財団・山口和子理事はこう言う。
「ハンセン病回復者村でのワークキャンプに参加することで、あらためて“絆”の大切さを感じ、自分の内なる“変化”、外の人々とのつながりの“変化”を自覚する若者が多くいます。今まで外の世界から隔絶されてきたハンセン病回復者のコミュニティが、学生たちにとって人生を見つめ直す場となり、新たな心のよりどころとなっているのです。ハンセン病回復者と私たちの新たなコミュニケーションの形ができつつあると感じています」

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ワークは“働きかける”という意味

現在、日本の学生が参加するワークキャンプが行われているのは、中国広東省、広西省、湖南省、湖北省、海南省にある51カ所のハンセン病回復者村。参加する大学は日中合わせて33校で、学生ボランティアたちは1〜3週間寝食をともにしながら無償で土木工事や家庭訪問を行う。
この活動をサポートするのが、日本語で家族という意味の名前を持つ団体「家(JIA)」。ワークキャンプの情報収集、資金の調達、コーディネーターの育成などを目的に2004年に設立され、代表は中国に移住した日本人の原田燎太郎氏が務める。彼に、このワークキャンプの目的を聞いた。

写真 「ワークキャンプの参加者は国籍も違うし、生活環境もさまざま。それが同じ場所で1週間以上共同生活をすれば、自分のベールを脱ぎ捨ててぶつかり合い、価値観の違う相手に働きかけて、理解し合わなければなりません。でもなかなか自分の殻を破れない。そんな学生たちが、これまで何十年もの間、家族や友だちから引き離され、社会的地位や財産もすべて失って隔離されながらも懸命に生きてきたハンセン病回復者と接するのです。キャンパーたちは彼らから当然大きな刺激を受けます。そして新しい自分を発見したり、仲間とのつながりの大切さを学んでいくのです。一方で、人一倍人との繋がりを求めている村人たちも、学生たちとの交流をとても楽しんでくれる。その相乗効果がワークキャンプの魅力なんです。私はワークキャンプの『ワーク』は作業という意味だけでなく、人に『働きかける』という意味でもあると思っています」

中国のハンセン病対策の歴史

中国がハンセン病対策に取り組んだのは、中華人民共和国新政府が設立された直後の1950年代初め。当時は中国全土で約800のハンセン病隔離施設が作られ、1998年までの統計で約50万人の患者データが残っている。当初は国産の治療薬DDSを使用して治療・感染防止をする方針だったが、医療体制が十分でない時代のこと、それほどの成果を上げられなかった。
ハンセン病対策が大きく進展したのは1980年代に入ってから。1981年にWHOが標準的治療として推奨したMDT(多剤併用療法)は、中国でも早期に適用された。同時期に海外の研究者やNGOなどとの連携も始まり、笹川記念保健協力財団も中国政府衛生部からの要請で数々の支援を行った。1983年度のハンセン病治療薬・クロファジミン(50mg)120万カプセルを皮切りに、患者数の多かった6省(山東省、江蘇省、浙江省、安徽省、湖北省、江西省)に対し1984年度以降、ハンセン病治療薬(リファンピシン、クロファジミン)の総必要量を供与した他、フィールド活動のための車や物品などを供与し、中国のハンセン病対策の全国的な展開に大きく貢献した。
そして中国政府は、1998年10月に北京で開催された第15回「国際らい学会」において、中国が基本的にハンセン病を「制圧」したことを正式に表明した。
※WHOのハンセン病制圧の基準は「人口1万人あたり患者1人」だが、中国はさらに厳密な「人口10万人あたり患者1人」を制圧の基準として設定している。

制圧されたが差別や偏見が残る!

写真 「現在では、ハンセン病にかかっても外来で治療を受けられるようになり、当然隔離されることはありません。現在、約600ある中国のハンセン病回復者村にいる人々は、平均年齢は70歳を超えていて60代の人は若い方で、この方たちは何十年もの間、家族親戚との縁を切られたうえ、大きな後遺症を残した方たちです。つまり、ハンセン病は制圧されても、一般の中国の人にはハンセン病に対する情報や教育が行き届いておらず、偏見や差別は解消されていないため、普通の社会に復帰するのが難しいということです」(原田氏)

実際、2008年8月の北京オリンピックに向けて、北京五輪組織委員会が発表した「オリンピック期間における外国人の出入国、中国滞在期間に関する法律指針」の中にハンセン病患者の入国禁止が含まれていた。これは中国におけるハンセン病の人権問題が残っている現れと考えられる。日本財団では笹川会長が、胡錦濤・中国国家主席、ジャック・ロゲ国際オリンピック委員会会長、劉淇・北京五輪組織委員会会長らにWHOのハンセン病制圧大使、日本政府のハンセン病人権啓発大使名で文書を送り、遺憾の意を伝えるとともに法律指針の撤回を求めた。

こういった側面にも、ワークキャンプは大きな役割を果たしている。
「学生が集まってワイワイやっていると、普段は隔離村に近寄らない近所の村の子供たちが覗きに来て、一緒に遊ぶようになる。次の日はその子たちの親もやって来る。そして、学生たちが村人と楽しそうに触れ合っている姿を見て、ハンセン病回復者は怖い存在ではなく、病気も伝染らないということを初めてちゃんと理解するんです。さらに、困難を乗り越えた回復者たちの人柄や明るさにも惹かれていきます。そういう効果があるんです。現在、ハンセン病回復者村と近くの学校の2カ所で同時にワークキャンプを行うことにより、意図的に人を交流させる試みも検討中です」(原田氏)

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ハンセン病回復者は“人類の財産”

現在、中国ハンセン病回復者村の人々は高齢になり、亡くなる人も増え、村人の数も減ってきている。その中で、ワークキャンプの作業も大きく変化している。

写真:JIA代表 原田燎太郎氏 「活動を続けているうちに、中国の回復者村では土木作業的なニーズはかなり解消されました。現在のワークキャンプで一番重要な仕事は、ハンセン病回復者たちの体験談を記録することです。大きな差別や偏見を乗り越えてきた彼らの話を聞くことで、学校では絶対に習うことができない、とても多くの教訓を得ることができます。病気の悲惨さや差別の歴史を残すということではなく、先程も話したように、僕たちキャンパーにとって彼らは、人と人とのつながりを深める大きなパワーを持っている『人類の財産』なんです。詩人・ 大江満雄は、『ハンセン病がアジアをつなぐ』と提唱したと言われていますが、中国で始まったハンセン病回復者村でのワークキャンプは、僕たちの仲間の活動によってインドやインドネシア、ベトナムなどに拡がっています。この流れを、まずはアジア全体、そしていずれは全世界へと拡げていくのが僕らの目標です」(原田氏)

※ワークキャンプを取材した動画はこちらをご覧ください。
学生ボランティアのハンセン病回復者村ワークキャンプに密着!

写真:大久保 惠造