ハンセン病の制圧に向けて
人間の安全保障

ハンセン病コロニーから物乞いをなくせ! 回復者の自立を支援する


ササカワ・インド・ハンセン病財団では、ハンセン病への差別をなくすため、回復者の自立支援や教育支援、職業訓練を実施している。最も成功した自立支援プロジェクトに贈られる「ライジング・ディグニティー賞」を2013年に受賞したインド北部アラハバードのコロニーを訪ねた。

2013.10.16

経済的な自立を促し、自信を持たせる

写真 インドには、ハンセン病回復者のコロニーが約700カ所ある。それらは、差別に遭ってコミュニティから追放された人々が立ち上げたコロニーで、そこで暮らす人々の多くは定職につけず、物乞い生活を余儀なくされている。インドではハンセン病が制圧*された今でも、回復者への差別が厳しく、その社会的なスティグマ(社会的烙印)は人々の心の奥底にこびりついている。

ササカワ・インド・ハンセン病財団(略称SILF)は、こうしたインドにおける差別を撤廃する取り組みを進めるために日本財団によって2006年に設立された。SILFのスローガンは、「ハンセン病コロニーから物乞いをなくす」。物乞いをやめさせるには、まず回復者に経済的な自立を促し、自信を持たせること。そして一人でも多くの回復者が社会で活躍するようになれば、周囲の意識も変わっていく。そう考えるSILFは、物乞い以外のビジネスで生計を立てられる道を開くため、現在16の州で、養鶏やサリー販売、電池レンタルや電飾サービスなど、地域の特色を活かした約150の小口融資プロジェクトを展開中だ。

プロジェクトはまずコロニーメンバーにビジネスプランを提出してもらうことから始まる。そしてそのプランの実現可能性をSILFと地元NGOで評価。採算性や持続性を判断し、融資するかどうかを決める。融資額は1事業につき15万〜30万ルピー(約24万円から47万円)。

このプロジェクトがユニークなのは、融資額をSILFに返済するのではなく、銀行の共同口座に入れてコロニーにおいてビジネスを立ち上げたり拡大したりするための資金として使えること。この口座はコロニー・リーダーとハンセン病回復者協会ハンセン病回復者協会(旧ナショナルフォーラム)
日本財団が支援するハンセン病回復者の全国組織。インド全域の回復者をネットワーク化し、自分たちの権利や社会制度などに関する知識を身につけ、生活や制度の改善に向けて、回復者自らが中央政府や州政府、地方自治体の役人側と交渉を行うための手助けを行っている。
の州リーダーが共同で管理し、資金の透明性を確保する。ここが、融資額を出資者に返済するマイクロファイナンスとは異なる点だ。

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経済的な自立は自由につながる

写真インドの首都ニューデリーから南東へ急行列車で約8時間のアラハバード。この地は、ガンジス川とヤムナ川、さらに地下を流れる伝説上のサラスワティ川の3本の聖なる川の合流地点として古くから信仰の対象となってきた。ヒンドゥー教の一大聖地として各地から巡礼者が訪れ、12年に1度行われる大祭クンブメーラの開催中には6000万人以上でにぎわう。サンガムと呼ばれる合流地点へと至る参道には、両端に巡礼者向けの露店がひしめき、その真ん中を地べたに座り込んだ物乞いたちが列をなしている。

写真ハンセン病の回復者とその家族が暮らすナヴ・ニラマン・コロニーは、参道から少し脇に入ったガンジス川沿いの土地にある。60年前、巡礼者の施しで何とか生活ができるため、不法占拠した土地にハンセン病患者が集まるようなった。現在、ここには40家族、70人が、州政府からの立ち退き要求におびえながら暮らしている。

このコロニーで自立支援プロジェクトが始まったのは3年前、2010年のことだ。サンガムに近く、宗教グッズの販売で利益を見込めるため、手押し車の店での販売プランが採用され、小口融資がスタートした。参加したのは13人で、中には露天商の経験者もいた。

「僕たちは手押し車だけでなく、共同で宗教グッズを仕入れるためにリキシャ(自転車付き人力車)をレンタルする資金もこの融資から調達しました」とコロニー・リーダーのドゥルガー・プラサードさんは言う。
「少しでも利益を上げるには、仕入れ価格をできるだけ低く抑える必要があります。共同でたくさん仕入れる資金を得たことのメリットは、大きかったですね。少しずつ利益が上がってくると、コロニー全体も次第に活気づいていきました」

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写真プロジェクトに参加したメンバーの一人、リキシャで物品の運搬を担当するランジャンさんは、「儲けは個々人の懐に入るのではなく、利子も含めコロニーの共同口座にプールされます。事業が順調に動き出した後、みんなで話し合って貯まった資金をもとにリキシャを購入することになりました。レンタル料を払わなくてもよくなったので、チーム全体の利益もかなり増えました」と誇らしげに語ってくれた。

こうした成功を受けて、共同口座にプールされた資金をもとにヤギの飼育プロジェクトも新たに始まった。コロニーの中で、少しずつだがビジネスマインドが芽生えつつあるようだ。

写真:ラグ・プラサードさん「経済的な自立は自由を獲得することにつながります」とコロニーで書記を務めるラグ・プラサードさんは言う。
「ハンセン病は治ったけれど、社会の偏見は依然根強い。普通の病気ではあり得ないことです。結核になっても、村八分には遭いませんよね。みんなこの病気はうつらないと頭では分かっていても、心のどこかに壁を作っているのです。そうした偏見を打ち破るためには、回復者がまず社会で何とかやっていける自信をつけていくことが大事なのです。ロールモデルを自分たちで作り上げることで、次の世代が物乞いをせず社会に飛び出していくチャンスを与えることができます」

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コロニーの団結力が成否を決める

写真:SILF ビニータ・シャンカー事務局長現在、展開中の150のプロジェクトうち、3分の2はおおむね順調で、非常にうまくいっているのは全体の6分の1だという。
「物乞いでずっとやってきた人たちを新しいビジネスに移行させるのは想像以上に難しいことです。インドではハンセン病患者に施しをすると功徳があると信じられているのでなおさらなのです」とSILFのビニータ・シャンカー事務局長は言う。 「自立支援プロジェクトがスタートしてから7年、試行錯誤の結果、次第に成功の法則が見えてきました。プロジェクトの成否を決めるのは、そのコロニーの団結力だということです。それには、コロニーの意思を一つにまとめる強力なリーダーの存在がとても重要なのです。この点を重視し、SILFではリーダー育成のプログラムに今後一層力を入れていくつもりです」

ビニータさんから渡されたSILFの名刺には、蓮の花のイラストがあしらわれていた。改めてその真意を尋ねると、「コロニーから物乞いをなくすことは、泥水から美しい蓮の花を咲かせることにも通じるのです」という答えが返ってきた。
「それは奇跡を起こすのに近いことかもしれませんが、必ずやり遂げる自信があります。当初の予想よりも時間がかかることを覚悟しなくてはなりませんが、コロニーから物乞いをなくすという設立目的をできるだけ早く達成し、SILFが必要なくなる日が来ることを願っています」

現在、インドでは約1200万人のハンセン病回復者が暮らし、毎年約13万5000人の新規患者が加わる。こうした状況を考えると、差別撤廃への道のりは決して平坦ではないだろう。しかし、日本財団とSILFが連携してすすめる回復者の人権を取り戻す取り組みは、いずれそのミッションを終えていくに違いない。ナヴ・ニラマン・コロニーで出会った自信に充ちた笑顔を想い出すたびにその思いを強くする。

*1991年のWHO第44回世界保健総会で、ハンセン病の制圧とは人口1万人当たりの患者数が1人未満となることと定義された。2005年にインドは制圧国となった。12億6000万人と人口の母数が多いためこの定義に当てはまるが、いまだ患者の数は多く、2012年に新たに見つかった患者数は世界で最も多い。

撮影:大沢尚芳