ハンセン病の制圧に向けて
人間の安全保障

今、東京からハンセン病の差別撤廃を訴える意味


2015年1月27日、「ハンセン病に対するスティグマ(社会的烙印)と差別をなくすためのグローバル・アピール」(以下グローバル・アピール)が初めて日本で発表される。長年、ハンセン病制圧活動に取り組んできた日本財団が世界に向けてメッセージの発信を続けてきた背景と、今回初めて日本で発表する意味について、担当の日本財団常務理事・田南立也が解説する。

2015.01.08

人権問題としてのハンセン病解決に向けて

写真日本財団がインドのデリーで、初めてグローバル・アピールを発表したのは、2006年1月の「世界ハンセン病の日フランスの社会運動家、ラウル・フォレロー(1903~77)の提唱により1954年に始められた。毎年1月最終日曜日に世界各地でハンセン病に関する啓蒙活動が行われる。」 。ジミー・カーター元米大統領、ダライ・ラマ法王、デズモント・ツツ元大司教ら、歴代のノーベル平和賞受賞者や各国の政治リーダーの署名が並んだメッセージは大きなインパクトを与えた。日本財団会長で世界保健機関ハンセン病制圧大使の笹川陽平によるアピールの賛同者との交渉に立ち会った田南が当時を振り返る。
写真 「第1回のグローバル・アピール発表の前年、2005年に世界最大の患者数を抱えるインドが、病気としてのハンセン病制圧世界保健機関(WHO)は、「人口1万人当たりの患者数が1人未満」で公衆衛生上の問題としてハンセン病制圧達成と定義している。を達成しました。インドでの制圧は不可能だと考えられていたのに実現できた。日本財団でも医療面だけではなく、人権問題という社会面での活動を重視すべきという機運が高まる中で、インドでの制圧達成はグローバル・アピールのような活動を進めるうえで一つのターニングポイントだったといえます。
この第1回のグローバル・アピールでは、人権問題や世界の人々が抱える諸問題に見識があり、その解決のため努力をされてきた国際的にも著名な方々に賛同していただくことができました。日本財団会長の笹川陽平の人的ネットワークがまず中心で、ジミー・カーター元大統領のように様々な事業を一緒に進めてきた友人の方々や、笹川がチェコのハヴェル元大統領と1997年から毎年共催してきた世界中の知的リーダーが集まる「フォーラム2000」に参加されている方が多く参加してくださいました。フォーラム2000に参加された方々には会長の笹川自ら会議の合間を縫って面談しお願いするところから始めました。それまでに培っていた人脈に加えて、フォーラム2000で笹川が『ハンセン病と人権』というテーマで何回か講演を行ったことでハンセン病の人権問題についての理解が深まっていた面もあり、素晴らしい賛同者が集まってくれました」

第1回グローバル・アピールの賛同者署名画像。左上からオスカー・アリアス、元コスタリカ共和国大統領、ノーベル平和賞受賞者。ジミー・カーター、元アメリカ合衆国大統領、ノーベル平和賞受賞者。ダライ・ラマ、ノーベル平和賞受賞者。ハッサン・ビン・タラル、ヨルダン・ハシェミット王国王子。ヴァーツラフ・ハヴェル、前チェコ共和国大統領。ルイース・イナシオ・ルラ・ダ・シルヴァ、ブラジル連邦共和国大統領。オルセグン・オバサンジョ、ナイジェリア連邦共和国大統領。メアリー・ロビンソン、前アイルランド大統領、元国連人権高等弁務官。笹川陽平、日本財団会長。デスモンド・ツツ、ノーベル平和賞受賞者。R. ヴェンカタラーマン、元インド大統領。エリー・ウィーゼル、ノーベル平和賞受賞者。

グローバル・アピールが行動開始の契機に

写真その後もグローバル・アピールは毎年1月「世界ハンセン病の日」に合わせて発表されるようになった。世界各国の回復者代表や、国際的な人権機関、宗教指導者、財界リーダー、世界64カ国110大学の学長、世界中の医師会、法曹協会など、ハンセン病の差別問題を解決するような影響力のある団体、関心を持って協力してくれる団体などが賛同者として名を連ねてきた。10回目の2015年は、患者に寄り添って病気と闘う看護の立場から、国際看護師協会と各国看護協会が共同発表者となる。田南によれば、グローバル・アピール参加をきっかけに、差別問題の解決に向けての実践的な行動を始めた団体もあるという。
「この10年間の成果としては、各国の回復者たちが、グローバル・アピールに参加したことで自信を持って公の場でも発言できるようになり、回復者団体の組織が強化されています。また、さまざまな国際NGOの間でハンセン病の問題に対する認知が高まったことも大きいです。2013年の賛同者である国際法曹協会は、世界各国に残る差別的な法律の撤廃に向けての運動を始めてくれています。2014年に参加してくれた国内人権機関もハンセン病問題をそれぞれのアジェンダとして採りあげるようになりました。一方で主催者側としては、毎年、賛同者を集めて発表したところで、次の年の準備に入らなければならず、十分なフォローアップができなかったという反省もあります」

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ハンセン病の悲劇を風化させない

節目となる10年目の2015年は、初めて東京での開催となる。
写真「これまではインドやブラジル、インドネシアのように患者数が多くハンセン病への関心が高い地域のほか、国際的な情報発信の拠点である英国のロンドンで開催してきました。日本財団も病気が蔓延している途上国での活動が中心で、日本国内では大規模な支援活動を行っておらず、過去9回は国外での発表でした。しかし、日本には、長きにわたる隔離政策のもとでハンセン病にり患した方々や回復者の方々が、自由に生きる権利をはく奪されてきた負の歴史があります。そして、今、そのような差別を経験してこられた全国の療養所で暮らす回復者の方の平均年齢も80歳を超え、自ら声を挙げて世界にメッセージを発信する時間は限られています。そこで、今回はぜひ、全国の療養所の方々にも参加していただき、世界の回復者の方々や支援者の方々と交流して、日本の当事者として世界に向けて声を発してもらいたいのです」

病気としての制圧から長い時間が経過している日本で、改めてグローバル・アピールを発表することで、ハンセン病にまつわる悲劇の記憶や歴史を風化させないという狙いもあるという。
「現代の日本の若者たちは、ハンセン病の問題など全く知らないかもしれません。わずか数年前に熊本県の温泉旅館が元患者の宿泊を拒否する事件が起きるなど、日本にも根強く差別は残っているのです。患者数が多い国では、そうした問題が非常に多く起きている。世界中を見渡して、自分の見えないところで差別に苦しむ人がいることを日本の若者に知ってもらいたいという気持ちで取り組んでいます。日本の津々浦々まで、ハンセン病について考えようという大きな運動を目指すのが、今までのグローバル・アピールにはなかった動きです」

終わりのない戦いに挑む

10回目の節目を迎えたグローバル・アピールだが、ハンセン病の問題を解決するまでの道のりは遠い。日本財団では、ハンセン病は必ず治る、早く治療すれば後遺症は残らないことを浸透させて、世界から患者がいなくなり、差別問題がなくなるまで活動を続けていくという。
「まだ終わりの見えない戦いです。これからも、国際的な組織や個人と協力して世界にメッセージを発信していくことが重要です。それと同時に、これまでメッセージが伝わらなかった人々にまで伝える努力をしなければいけません。これは医療面の解決にもつながります。既に国レベルでの制圧は、ブラジル1国を残して達成されていますが、これからは、地方の町村レベルや都市のスラムなど、情報が伝わりにくく、差別や偏見が強く残る場所にも確実にメッセージを浸透させることが重要です。ハンセン病は完治する病気で差別は不当であることをしっかりと伝えることで、そうした病気が見つかりづらい場所でも、患者の早期発見、早期治療を実現させていきます。人類の歴史に刻まれたハンセン病のスティグマを消しさるのは困難ですが、世界から差別が消滅するまで継続するという決意を持って取り組んでいます」

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THINK NOW ハンセン病 ― グローバル・アピール2015