ハンセン病の制圧に向けて
人間の安全保障

ハンセン病の歴史を保存して未来に生かす


2016年1月26日、東京・港区の笹川平和財団ビル11階国際会議場で、「グローバル・アピール2016」が発表された。東京での開催は2年連続となる。今回の共同宣言パートナーの国際青年会議所は、世界の18~40歳の次代のリーダーを目指す青年の組織。高齢化が進むハンセン病回復者の記憶を受け継ぎ、苦難の歴史を人類の遺産として保存していくため、若者の活動を促そうと一緒にメッセージを発信することになった。日本財団はまた、4月から国立ハンセン病資料館の管理運営を受託し、過去50年以上にわたる世界のハンセン病問題への活動の経験を生かし、さらなる普及啓発活動と同時に歴史保存にも取り組んでいく。

2016.05.09

グローバル・アピール2016

2016年1月26日に行われたグローバル・アピール2016宣言式典には、世界中のハンセン病回復者や支援団体、医療関係者の人々とともに、安倍晋三首相、塩崎恭久厚生労働大臣が昨年に引き続き出席した。安倍首相は「この集いを機に全世界の人々がハンセン病について正しく理解し、考え、行動することでハンセン病に対する偏見や差別が大きく解消されていくことを期待します」と述べた。

写真今年の共同宣言パートナーの国際青年会議所(JCI=Junior Chamber International)のパスカル・ダイク会頭は「JCIは世界中の5000の地域社会がメンバーとなっています。私たちが手に手を取り合って前向きに進んでいくことによって、こういった問題を解決し、世界に平和をもたらしながら、若い人たちがより力を持って積極的に役割を担ってくれる社会づくりをしたい」とあいさつした。

会長の笹川陽平もこの問題への取り組みには若者の協力が重要だとして「未来を担うビジネスリーダーである国際青年会議所の皆さんは、社会課題に対して熱心に取り組んでいらっしゃいます。その皆さんが、ハンセン病の差別の問題に積極的に協力してくださったことに、あらためて心から感謝を申し上げます」と述べた。

日本財団では2004年から「ハンセン病に対するスティグマ(社会的烙印)と差別をなくすためのグローバル・アピール」を毎年発表しており、今回で11回目となる。ハンセン病に対する差別や偏見が根強く残っているのは正確な知識が普及しないことが原因であるとの考えから「ハンセン病は治る病気で、治療も無料で受けられること」「偏見や差別は不当であること」を訴え続けてきた。2015年には、啓発キャンペーン「THINK NOW ハンセン病」を開始、一般の方から著名人まで多くの方からメッセージを集めるなど、ハンセン病について考える機会を提供している。

写真また、「グローバル・アピール」発表を契機として、ハンセン病について広く考えてもらうための国際シンポジウムやハンセン病文学について若者が語り合うビブリオバトル、世界のハンセン病回復者と日本の若者の交流する場を提供するワールドカフェ、日本財団フォトグラファーの富永夏子が世界各地の回復者を撮影した写真展などの関連イベントも多数開催した。

写真

「グローバル・アピール」宣言式典や関連イベントの詳しいレポートはこちらをご覧ください。

ハンセン病の歴史は人類の財産

東京での「グローバル・アピール」発表にあたり、日本財団は1月28日から3日間、笹川記念保健協力財団とともに「ハンセン病の歴史を語る― 人類遺産世界会議」を開催した。

ハンセン病は人類の歴史を通じて世界中で偏見と差別の対象とされてきた。一度罹患すると故郷、家族、友人、社会とのかかわりをすべて断たれた患者たちの差別や偏見との闘いの歴史は、ある意味で人類の財産であり、遺産であるともいえる。しかし、近年では、治療法が確立され新しく病気にかかる患者も減少していることから「過去の病気」と見なされ、その歴史が急速に失われつつある。今回の「人類遺産会議」は、国や地域ごとに歴史資料や記録の保存を模索してきた17カ国30名が集り、共通の課題を持って歴史保存の次なるステップに進むために開催された。

写真1月28日のオープニングイベントでは、ハンセン病療養所・多摩全生園の近くに住んでいる映画監督の宮崎駿さんの特別講演が行われた。
全生園を散歩コースとしていて、佐川修さん(全生園自治会長)や平沢保治さん(国立ハンセン病資料館運営委員)を始めとする回復者の方たちと親交がある宮崎監督。昭和初期に建てられた男子独身寮「山吹舎」の復元運動に支援を行うなど歴史保存にもかかわっており、全生園の建物や森、そして国立ハンセン病資料館を適切に保存して後世に伝えていこうという「人権の森構想」も宮崎監督の発言がきっかけで誕生したという。
「もののけ姫」の制作中には全生園と資料館を何度も訪れ、その度に「おろそかに生きてはいけない。作品をどのように描くか、真正面からきちんとやらなければならない」と決意をあらたにして、映画を作り上げたという貴重なエピソードが紹介された。

写真宮崎監督の講演後は、「ハンセン病の歴史を残す-世界の取り組み」「保存する・学ぶ・伝える~主たるプレーヤーは誰か」「生きた証・創造力・作品:芸術、文芸、生活用具」「未来への遺産~実現の途をさぐる」の4つのセッションが開催され、各国・地域での資料館や博物館の設立、文化遺産登録への動きなどの紹介や、国家機関や関連団体や当事者の歴史保存への取り組み、療養所で生きた人々が残した文芸作品やアートなどが貴重な資料や写真などで発表された。一般参加者も約500名が参加。3日間の開催期間中、それぞれのテーマでハンセン病の歴史保存について活発な議論が交わされた。

今回の会議を通じて、ハンセン病患者に対する隔離政策の状況や、現在の問題は各国・地域によって異なっていても、貴重な建造物などをはじめとする文化歴史遺産、医学的資料の多くが消失の危機にあるという共通の課題が確認された。「ハンセン病の歴史は人類の歴史であり、協力しあって前進しなければならない」という歴史保存への決意を記した「東京宣言『RESOLUTION』」を採択して閉会した。

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「ハンセン病歴史 人類遺産世界会議」で採択された東京宣言『RESOLUTION』(PDF/90KB)

国立ハンセン病資料館を世界のハンセン病資料館に

写真こうした世界の取り組みの中で、日本におけるハンセン病の歴史保存への課題について、国立ハンセン病資料館・学芸部長の黒尾和久さんが説明する。
「日本国内では13ある国立療養所を歴史遺産として永久保存しようという構想があって、行政も協力的な状況です。しかし、実際に国立の歴史保存施設として運営されているのは、国立ハンセン病資料館と草津の重監房資料館の2つだけ。長嶋愛生園の立派な資料館を運営している田村朋久学芸員も国立ハンセン病資料館からの出向という形なのです。今後、国内療養所のネットワークをつくり、より活発な協議を進めていく必要があります。」

写真日本財団は厚生労働省からの委託を受け、2016年4月1日から国立ハンセン病資料館と草津の重監房資料館の管理運営を行うことになった。国内ネットワークづくりに加え、過去50年以上にわたる活動で培った経験を生かし、歴史保存の取り組みと資料館業務の連携を図り、世界のハンセン病資料館とすることを目標にする。

写真昨年のカンヌ映画祭に出品されたハンセン病回復者の女性を描いた映画『あん』の原作者で作家・詩人のドリアン助川さんも、国立ハンセン病資料館について「すごい力をもらって帰れる場所。暗い気持ちになったりするのではなく、元気になれるんです」と、訪問することを強く勧める。資料館がハンセン病問題の歴史保存と普及啓発の拠点となることが期待されている。

グローバル・アピール式典と関連イベントは、世界規模でハンセン病の歴史保存のムーブメントを高めるための第一歩となった。日本財団では、今後もハンセン病の歴史保存の重要性を訴え続け、その歴史を通して学び、若い世代とともに差別や偏見のない社会づくりを進めていく。

国立ハンセン病資料館の展示を前に語り合う海外のハンセン病研究者たち