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ミャンマーの子どもたちの笑顔を応援する学校建設


日本財団は2002年、ミャンマーの少数民族居住地域のひとつ、シャン州で学校建設への支援を開始した。2012年12月には200校目が完成。学校の建物を寄贈するだけでなく、学校運営を継続する資金源となる地域開発事業を並行して行うのが最大のポイントだ。事業を担当する現地スタッフとともに2つの学校を訪ねた。

2013.02.05

ミャンマーの学校と日本財団の活動

ミャンマーで少数民族が暮らしている地域は、同国最大の都市ヤンゴン周辺や、新首都のネピドーに比べて基本的なインフラの整備が遅れている。教育施設も例外ではない。いまだに屋根も壁もない“青空教室”で授業を受けなければならない子どもたちも大勢いる。ミャンマーでは日本より1年早い5歳で入学、5年生までが“義務教育”となる。地方には6年生以上の高学年クラスが設置されていない学校も多く、遠方まで通うことができずに学業を断念せざるを得ないこともあるという。

ミャンマー政府は1999年、同国内でハンセン病撲滅運動などを展開していた日本財団に対して学校建設の要請を行った。日本財団が最優先に考えたのが、箱モノとしての学校建設に終わらせず、地域に教育を根付かせることだった。このためには学校関係者だけでなく地域住民の協力が不可欠。シャン州で活動実績があり、地域の人々を熟知した現地スタッフもいるNGOセダナー(設立2002年)と協力することで2002年から学校建設と地域開発事業を組み合わせる支援プロジェクトが実現した。地域開発事業とは住民の労働力提供などで浮いた資金を地域の特徴を生かした事業などで運用するもので、教育熱心なミャンマーの人々からも歓迎されている。

日本財団は今後も事業を継続し、シャン州でさらに100校、ラカイン州ではNGOブリッジ・エーシア・ジャパンとともに100校の建設を予定している。

小水力発電で教材支給からマラリヤ予防まで

写真:NGOセダナーのエイ・エイ・タンさんヤンゴンから飛行機で北へ約1時間。南シャン州の玄関口、ヘーホー空港でNGOセダナーのエイ・エイ・タンさんが出迎えてくれた。エイエイさんは、セダナー発足時からのメンバーで、シャン州南部の学校建設プロジェクトにおいて建設地の調査、選定から開校後の開発事業のサポートまで、村人たちに寄り添いながら、さまざまなアドバイスを行っている。
「セダナーの仕事はあくまでも村のサポートです。村の人々が子どもたちを応援したいという気持ちに少し手を貸すことで、校舎建設の期間が短縮されたり、学校運営のための事業がうまくいくことを願って活動しています」

空港から車で北に約1時間の距離にあるパウンピャー村はダヌ族が暮らす山間の村。エイエイさんとともに学校を訪ねると、国語の授業が始まったところで2010年に完成した校舎からは子どもたちの元気な声が聞こえてきた。

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「ミャンマーの小学校の授業は国語に限らず、教科書を音読することが多いです。だから、教室に壁がないような状態だと、子どもたちが集中するのはとても難しいのです」とエイエイさん。新校舎に隣接する旧校舎をのぞいてみると、壁のない広い教室で算数と国語の授業が背中合わせに行われていた。

写真「前はこの部屋に5学年全部が入っていました。それでも子どもたちはよく勉強して、この5年間に3人が県の学力テストでベスト10に入って表彰されたほどです。新しい環境の良い校舎で勉強させてあげたいというのが村の悲願でした」と同校の校長先生が説明する。

村の代表として開発委員長に就任、校舎建設のリーダーとなったチョウ・スィーさんは「我々の力で子どもたちに新しい校舎を建ててあげたかったけれども、それでは時間がかかりすぎます。隣村の話を聞いてセダナーと日本財団にお願いすれば、もう少し早く学習環境が改善できる思いました」と話す。

写真開発事業は村から徒歩30分ほどの距離に小水力発電に適した水源があり、迷わずに発電を選択。「村には電気が来ておらず、約170戸のうち発電機を持っていたのは約30軒だけでした。今では約140軒分の電気ができます。電気がないときは夜に子どもたちがロウソクの灯りで勉強するので火事が心配でしたが、今は安心です」と非常に満足そうな様子。しかし、小水力発電の開始でいちばんの効果はマラリヤの防止につながったこと。「マラリヤの蚊は暗いところを好みます。毎年、何人かかかっていたのに、電灯をつけて蚊帳の中で眠るようになって病気がなくなりました」とチョウ・スィーさん。

チョウ・スィーさんによると、村人全員が今回の支援が日本財団からのものだと知っているという。「遠い日本の人々への感謝を忘れません。私たちが日本のように豊かになることがご恩返しだと思います。いつか、今のミャンマーのような途上国に支援できるような国に発展させていきたいと思います」

パウンピャー小学校
Phoung Pyar Basic Education Primary School

  • 生徒数 142人(全5学年)
  • 教員数 5人
  • 主な民族 ダヌ族
  • 総建設費 約171万円(16,029,645ミャンマーチャット)
  • 新校舎完成 2010年(木造)
  • 開発事業 小水力発電
  • 開発基金 約50万円(4,700,000ミャンマーチャット)

(2013年1月現在)

湖上の新校舎で、村人の教育への熱意を実感

写真インポーコンユワティッ小学校は、ミャンマー国内有数の観光スポットのインレー湖の湖上にある。この地域に暮らすインダー族は、湖の浅瀬に柱を打ち込んで木造の家を建て、小さな埋立地や水上の藻を畑の畝に使ってトマトやニンニクを栽培している農家が多い。観光業の恩恵を受けている一部の人以外は、暮らしは決して豊かではないという。

エイエイさんが説明する。
「学校が建てられた新インポーコン村は、隣のインポーコン村の人口が増えたため、若い人が独立して開発した“ニュータウン”で子どもが急激に増えました。湖の上の村ですから学校を新しく建設するような土地もありません。教室に入りきれない子どもたちの授業のために借りた僧院の休憩所は老朽化により、いつ倒壊してもおかしくない状態でした。初めて視察に来たときからあそこで授業を受けるのは非常に危険だと思いました」

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セダナーが建設地を選定する際にもっとも重視するのは地域の人々の熱意だという。
「学校を作っても、安心して子どもたちが学び続けることができなければ意味がありません。新インポーコン村の場合は、劣悪な環境でも真面目に通学する子どもたちの様子と、厳しい生活の中から村人がお金を出し合って校舎のための木材を買い集めていたと聞いて、ここならきっとうまくいくと思いました」とエイエイさん。同村では新校舎の完成で、5年生までの「小学校」から、8年生までの「中学校」へと規模が拡大された。これまでの上級クラスがある学校は遠く、通学中の子どもが船の事故でなくなったこともあったという。

3人の子どもを持つ女性は「上の2人の子は、上の学年に上げるには遠くの村まで船で通う必要があったので進級を断念したのです。いま2年生の末っ子は、安心して勉強を続けることができます。勉強が大好きで医師志望なんですよ」と少し自慢げに話す。

写真セダナーは建設地が決まると人件費や資材費などを厳密に計算。村人による労働奉仕の分の費用は校舎完成後に返金して開発事業の基金とする。新インポーコン村の場合はこの基金をもとに村人に少額の資金を貸し付ける金融事業(マイクロファイナンス)を展開することになった。

開発委員長となった同村のゾウ・ルインさんは「インレー湖の水は豊富にありますが高低差がないので発電はできません。土地が足りないので農場経営も無理。運送についても船は足りているので事業として利益を得ることは厳しい。消去法でマイクロファイナンスとなったのですが、大切な基金から、みんなで平等にお金を借りるということを通じて、村人の教育への熱意がさらに高まったような気がします」と話す。

利息は同校の教諭らの給与や、教材の購入など学校運営のために使われる。村人たちは、借りたお金を農業のための種や肥料の仕入れに使用、良い肥料を使えるようになり、多くの世帯で前年より収入が増えたという。2012年6月に事業を開始し、利息の支払い期限は同年末だったが、誰ひとり遅れることがなかったという。

インポーコンユワティッ小中学校
Inn Paw Khone Ywa Thit Basic Education Post Primary School

  • 生徒数 206人(全8学年)
  • 教員数 8人
  • 主な民族 インダー族
  • 総建設費 約360万円(33,619,361ミャンマーチャット)
  • 新校舎完成 2012年(木造)
  • 開発事業 マイクロファイナンス
  • 開発基金 約51万円(4,800,000ミャンマーチャット)

(2013年1月現在)

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撮影:大沢 尚芳