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「国境で難民診療所を始めて20年」シンシア・マウン医師インタビュー


シンシア・マウン医師は、ミャンマーのカレン族出身。1988年の民主化を求める学生運動に参加し、軍の弾圧から逃れてタイ側へ渡った。母国で治療を受けられない少数民族のために国境近くにクリニックを開設、20年以上を経た今でも訪れる患者は後を絶たない。シンシア医師が母国ミャンマーに願うのは、医療制度の改善だけではない。

2012.12.25

メータオ・クリニックとは?

1989年、軍事政権から逃れ、タイの難民キャンプ内の病院で医療活動をしていたシンシア・マウン医師は仲間たちとともに、タイのメソット(MAE SOT)にメータオ・クリニックを開設した。

当時ミャンマーでは、病院で診療を受けられる人は少なく、重い病気でなくても命を落とす人が珍しくなかった。ビルマ語が話せない少数民族が都会の病院で安心して治療を受けることは難しく、また、地方の村では生活が成り立たないため、医師が働きたがらない状況があった。

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開設以来23年間にわたり、メータオ・クリニックでは、タイ国内に住むミャンマー難民や、貧困などによりミャンマー国内では医療を受けられず国境を越えてきた人々に医療サービスを提供してきた。海外の支援団体からの寄付で医療費は基本的に無料。今では年間約15万人の患者がクリニックを訪れる。

メータオ・クリニックでは、増え続ける難民、移民のニーズに合わせて、医療サービスだけでなく、子どもの保護と教育、医療従事者の訓練、カレン州を中心に地域の保健サービス支援も行ってきた。クリニックのあるメソットという町は、人口の半分以上がミャンマー出身者。しかし、民主政権発足後、欧米からの支援の多くがミャンマー国内に向けられるようになり、クリニックは現在、深刻な資金難に直面している。

そんな中でシンシア医師は、移住者が母国に帰還した後の暮らしも見据え、ミャンマー国外で出生した子どもの国籍法、国外で活動する医療グループの国内活動認可、少数民族組織との対話について、ミャンマー政府への働きかけを続けている。

母国ミャンマーで医療サービスを受けられる日まで

2012年11月、シンシア・マウン医師は日本の支援者にメータオ・クリニックの現状を伝えるため来日し、東京、福井、大阪で講演を行った。民主化が進むと言われる今、国境周辺で暮らすミャンマー出身の人々の近況や今後の課題について、話を聞いた。

――メータオ・クリニックではどんなサービスを提供していますか?

ミャンマーとタイ国境周辺の国籍のない人々に対して、医療のほか、教育や法律相談などのサービスを提供しています。クリニックにやってくる人々の背景は複雑で、食糧や仕事、子どもの教育や虐待・暴力からの保護、病気になった際の医療へのアクセスといった課題を抱えています。保健とは、医療だけの問題ではありません。人権の保護に始まる包括的なアプローチで取り組まなければならないと考えています。

メータオ・クリニックは、こうした立場の弱い人々のニーズに応えるため、地域で取り組んでいます。避難民は、タイでもミャンマーでも国家統計には表れない人々です。例えば、マラリアの感染者は避難民に多いため、実際は統計よりずっと多いのです。クリニックでは、医療従事者が自分たちの村で医療サービスを施せるよう訓練を行っています。そして政府には、移民、避難民、国境の問題も含めた保健戦略を実現するよう働きかけています。一時的な対応ではなく、将来母国で貢献できるように人材を育てたい、活躍できる層を増やし、母国に戻った時に力を発揮してほしいと考えています。

――日本の人々にはどんなことを知ってもらいたいですか?

写真数字や統計で現状を知ってもらうことも大事ですが、日本の皆さんに直接お会いして私の口から状況を伝え、それについて感じたことを話し合いながら理解を深めてもらいたいと思います。現在、多くの外国政府からの支援や開発プロジェクトが、経済の発展に重点を置いたものとなっていますが、私たちは特に人権問題について改善を進めたいと考えています。

自然災害が起きやすい日本は、防災に力を注ぎ、国民の安全な避難も重要視しています。一方、ミャンマーでは戦争や紛争が60年以上も続いています。戦争や紛争の予防は、自然災害に備えることに比べれば易しいはずなのに、それができていないのです。私たちの国でも国民が教育を受け、正しい政策を立てていく必要があります。ですから日本の皆さんの財政面、技術面での支援は大変重要なのです。

――日本財団からの助成金はどこに生かされていますか?

クリニックの医療サービスにかかる費用のうち、医薬品調達はイギリス政府の国際開発局(DFID)からの支援で賄っています。その他高度治療を受ける患者の(タイ側)国立病院への搬送費用や、入院患者の栄養補給と食費、職員の給料といった運営費については、日本財団の助成金を割り当てています(2012年はUS$95,000)。クリニックの200人分のベッドのうち、医療部門には成人用80床、子ども用40床のベッドがあり、80人のスタッフが働いています(医療部門のほか、妊娠・出産など性と生殖に関する健康の部門と外科部門がある)。出産も含め、国境を越えて診察を受けに来る人は後を絶ちません。患者さんの病気の上位は、マラリア、肺炎、下痢、栄養不良、HIVや結核などの感染病となっています。ミャンマー側の診療・医療環境が早期に整うことを期待しています。

――これからどんなことを実現していきたいですか?

写真:シンシア・マウン医師現在のミャンマーの教育制度は、民族間の関係を改善したり、平和を構築したりするために十分役立っているとはいえません。他民族に差別的では、子どもたちは異文化を怖がるだけです。教育を通して、私たちは異なる文化、異なる民族、異なる言語をも尊重することを学び、そうした多様性を生かしながら、どのように一つの国としてまとまっていったらよいのかを学ばなければなりません。ミャンマーが平和国家となり、国境を接する中国、インド、バングラデッシュなどの近隣国と友好関係を築く、そして若い世代の将来と環境を守っていくためにはどうしたらよいのか。経済発展ばかりに重点を置くのではなく、教育制度も戦略的に改善していかなければならないと思います。

将来的には、我々の子どもたち、若い世代が安心して、充実した人生を送れるような社会をつくり、そして彼ら自身もまた社会に貢献できるようにしていかなければなりません。時間はかかるかもしれませんが、子どもたちに機会を与えることが重要です。いつの日かアジアの若い世代を招いて会議(Asian Youth Forum)がミャンマーで開催され、彼ら自身が地域で平和構築に取り組んでいけるようになることを望んでいます。

現地写真提供:メータオ・クリニック支援の会