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人間の安全保障

少数民族の健康を守るモバイルクリニック


医療サービスの整備が遅れ、住民の健康状態が懸念される少数民族の居住地域を対象に、日本財団は2012年からミャンマー医師会と協力して、医療チームを巡回させるモバイルクリニックプロジェクトを実施している。

2014.06.02

医療サービスが遅れている地域で訪問診療を

写真首都ネピドーや、最大の都市ヤンゴンなど中央の都市部では民主化による経済発展が進む一方、国境近くの山岳地帯を中心に暮らす100を超える少数民族の居住地域は、長く続いた内戦の影響で医療や教育など基本的な生活インフラの整備が遅れている。中でも激しい戦いを避けて、自宅や農地を放棄して山中に隠れて暮らすことを強いられた人々が定期的に医師の診察を受けることは難しいという。

写真2012年、日本財団はミャンマー医師会の協力を得て、タイ国境に接するモン州とカイン州で、少数民族を対象としたモバイルクリニック(訪問診療)のプロジェクトを開始した。当初はチャイトー、タンビュザヤ(モン州)、ラインブウェ、ココレ(カイン州)の4カ所に活動拠点が置かれた。地道な活動で少数民族の村人たちの信頼を得て活動範囲を広げてきた。2014年2月には、ミャンマーとタイ国境を結ぶ交通の要衝でもある山間部の町、カイン州のチェインセインジに事務所が開設され、今後の活動の充実が期待されている。

写真今回のプロジェクトにアドバイザーとして参加している林健太郎医師は、2004~05年に現地で医療支援活動を経験した、現場スタッフと医師会や日本側を結ぶキーマン。少数民族居住地域での医療サービスの必要性を指摘する。
「ジャングル内の村はマラリアの危険にさらされています。治療薬が間に合わず、小さな子供が助からないケースも多いのです。近くに医師も助産師もおらず、女性にとっては出産が命がけの地域もあります。山間部では食料の入手も難しく栄養も偏りがちで、高齢者や子どもなどの健康不安も大きな問題です。また、いまも緊張状態が続いている地域では、設備の整った病院での治療が必要な患者がいても政治上の理由で町への搬送をあきらめる場合もあるのです。最終的には常設の病院や診療所ができることが望ましいですが、まずは定期的に訪問診療を行える環境づくりが重要です」

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モバイルクリニックを待つ村人たち

現在活動中の各事務所では、医師、看護師、薬剤師、助産師と運転手兼サポートスタッフがチームを組み、担当地域内の村々を1~2カ月に1回のペースで巡回している。村では僧院の建物などを借りて臨時の診療所を開設。初めての訪問では事前に村長や僧侶などを通じて通知すると在宅中の村人のほとんどがやってくるという。健康な人も含めて身体計測や血圧測定、尿検査などの健康診断を行い、カルテを作成。2回目以降は高血圧や関節痛に悩むお年寄り、下痢や発熱の子ども、定期健診の妊婦が中心になるという。会場には仮設の薬局も設けられ、医師が処方した薬を薬剤師が服用の仕方を説明しながら手渡してくれる。ここでは薬はすべて無料だ。

写真チャイトー郊外のザーイェッチャウン村の村長は「モバイルクリニックが来てくれて本当に助かっている」と話す。
「一番近い診療所がある町まで5マイル(約8km)も離れているため、体調の悪い女性やお年寄りは歩いて行くのは難しい。バイクに乗せてもらうと往復3000チャット(約300円)かかるので経済的にも厳しかったです。村には大きなゴム園もあるのでマラリアの心配もありましたから、定期的に医師や看護師が来てくれるようになって安心です」

山間部の村からプロジェクトに参加している女性看護師によると、まだ活動できていない辺境の村でもモバイルクリニックを待つ人が多くいるという。
「山間部の私の故郷では、栽培できる農作物の種類も限られているほか、外部から入手できる食品の種類も少ないため、どうしても栄養状態が悪くなりがちでした。私がモバイルプロジェクトに入ることが決まると村の人たちは本当に喜んでくれました。一日も早く、全州での活動できる日がくることを願っています」

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政治的な理由で助けられない患者をなくしたい

写真アドバイザーの林医師は、政治や民族の壁を超えて患者を救いたいという地元の医師たちの思いこそが、粘り強く活動を続ける力になると考えている。
「私自身、10年前のミャンマーでの活動の際は紛争の激化により志半ばで日本に帰国せざるを得なくなったことがあります。大変申し訳なく、悔しい思いが残っていました。だからこそ、今回こそという気持ちで参加したのですが、一緒に活動しているミャンマーの地元の医師たちからも、いまも一部の地域で、政治的な理由で助けられない患者がいることへの悔しさが伝わってきます。そういう強い思いがあるから、ミャンマー医師会との共同プロジェクトが実現して、若い医師たちもジャングルでの野営や悪路での移動など、厳しい環境でも働けるのだと思います。医療活動で行く先の村は、歓迎してくれるところもあれば、外部の医療チームを疑わしい目で見るところ、ビルマ語が通じないところもあります。チームの受け入れ自体を拒否する地域もあり、この活動がミャンマーで広く定着するまでには時間がかかるかもしれませんが、みんなで粘って乗り越えていきたいと思います」

撮影:大沢尚芳