国際海洋法制定20周年記念式典 〜新しい海洋秩序の構築に向けた人材育成〜

英国・ロンドン

写真:スピーチする日本財団の笹川陽平会長

 

 私はこれまで6年間にわたり32ヵ国、56人の育成を支援してきた日本財団の奨学プログラム「海洋に関する世界的な法的秩序の効果の促進のための人材育成事業」が、僅かながらでもIMLIの発展と国際海事社会に貢献できたことを誇りに思います。

 そしてIMOやIMLIの発展を願い努力してきたことが認められて、実に感慨深いものがあります。しかし、冷静に考えて見ると、この「Award」の授与によって、「さらにIMLIの発展に大きく貢献しなさい・・・」、との激励の意味が含まれているものと存じます。勿論、私は喜んでこの受賞の意味を理解してお受けするものであります。

 これまでのIMOとIMLIの20年間にわたる献身的な努力によって成し遂げられてきた研究成果と輩出した463人の卒業生による海事社会への貢献に対して、この場を借りて惜しみない賞賛と感謝の意を表します。また、IMLI創立以来、客員教授として協力してくださった世界の海洋法・海事法の専門家の存在は、IMLIだけなく、未来の国際海洋秩序を発展させるための掛け替えのない財産となるでしょう。

 国連海洋法条約が海洋を「人類の共同財産」と定義するように、現代に生きる私たちは、秩序があり、持続可能な状態の海洋を次世代に託す責任を負っています。

 1967年にマルタ共和国の国連大使バルドー博士がこの理念を提唱してから約20年後にIMLIが誕生し、さらに20年後の本日、節目の時を迎えております。この間、我々は自らの生存と繁栄を確保するために、様々な形で海の利用を活発化させてきました。その活動は巨大化し、海に大きなインパクトを及ぼしてきたことはご承知のとおりであります。

 その一方で、これから先、地球の人口は今日から20年後の2030年には80億人、さらに20年後の2050年には100億人を超えると予想されております。海と人類の関わり合いは新しい段階に入りつつあります。近い将来、人類の生存に不可欠な食料とエネルギーをはじめとする様々な資源のほとんどを海に依存しなければならない状況に直面するでしょう。

 しかし、生命が海から誕生し、今の私たちの生活が海に支えられているにもかかわらず、人類の生活は大自然の生態系を破壊するまでに肥大化し、秩序は失われ、海を略奪し、海を人間の欲望のゴミ捨て場にしつつあります。無限ではない海を、国際的な秩序を無視した方法により利用し続ければ、「人類の共同財産」を私たちの世代で使い尽くしてしまうかもしれません。

 この状況の中、現代に生きる人類としての責任を果たすためには、私たち、海を利用し海から恩恵を享受する者は、海は「無限」との考えを改める必要があります。そして、海を守り悪化する海の変化に、人類が適切に対応する活動が重要でしょう。そのためにも、できる限り柔軟にそして先駆的に海洋問題に取り組み、国際海洋の秩序を確固たるものにする人材が希求されています。

 国境を越えて広がる海洋環境の汚染が、沿岸の人々に大きな被害をもたらす恐れがあるならば、私たちは国境を越え、手を携えながら、海洋汚染に備え、防止し、対処するための道を探らなければなりません。

 新しく発見される深海底資源の開発利用が、これまでに人類が想定していなかった法的、政策的な問題を投げかけているならば、私たちは今までに無かった新鮮で柔軟な考えと人類の知恵をもって取り組まなければなりません。

 一国では食い止められないような、ある海域で行われている人の命と財産を奪う行為があるならば、私たちは世界共通の敵に立ち向かうために結束し、海洋秩序を回復させなければなりません。

 現代に生きる私たちがこの限りある海という共同財産を使い尽くす前に、また、「不安、危険」を取り除いた「安心で安全な海」を次の世代に受け渡していくために、私たちは時代を先取りする有能な人材を育成しなければなりません。そして人類が直面し、または将来、直面するであろう様々な海の問題に協力して取り組むことが求められているのです。

 私は463名のIMLIを巣立っていった卒業生が、そして未来にわたり、IMLIを卒業していく方々が、このような理念を胸に抱きながら日々、各国で活躍していくことを信じています。

 さて、今、人間の欲望が平和な海を無秩序な略奪の場に変えつつある問題があります。それは、皆さんもご承知のソマリア沖で多発する海賊問題です。

 私が長年にわたり船舶の航行安全確保に携わってきたマラッカ・シンガポール海峡も、かつては「海賊の巣」と呼ばれていましたが、この数年間でその数は激減しています。それは、沿岸国と利用国、利用者の協力体制を積極的に支援してきた日本を中心とした国際連携の成果といえます。

 日本財団もこれまで数多くの議論やプロジェクトに参画させていただきました。私は、ソマリア周辺海域の秩序回復のために、マラッカ・シンガポール海峡での経験を踏まえた意見を少し述べさせていただきます。

 ソマリアの周辺海域では、約20カ国の海軍艦船が警護活動を展開していますが、今年1月以降既に、昨年の過半数を超える60件以上の海賊被害が発生しており、収まる気配がありません。各国の対策も様々で応急的なものであり、このままでは、コスト面からも各国の警護活動が息切れするのは目に見えています。秩序を取戻すには、これから長い時間がかかるでしょう。

 また、広大な海域で効果的な海賊対策を行うには、統一性が求められますが、現在の各国の活動が、組織的・効率的に実施できているかどうかは疑問があります。新しい枠組みづくりの確立が早晩、不可欠となります。

 海賊は世界共通の敵であり、その対策という点で国際社会の利害が一致しています。海賊対策への最終的な参加国は40カ国前後に広がる見通しで、共通のテーマにこれだけの国が同一歩調を取るのは歴史的にも前例のないケースです。これを機に新たな敵に対して、新しい発想で、新しい枠組みを国際社会で模索する意義はあると思います。

 これまで国際社会は、紛争の再発を防止し平和を維持するための国連PKOというシステムを構築し、これまで多くの成果を挙げてきました。今、ソマリアでの海賊対策にも、新しい発想に基づく国連の活動が必要ではないでしょうか?PKOを作り出したように、人類の英知を集めて、海洋の秩序回復のためのひとつの道として、国連による新たな活動を、例えば、「OPK:Ocean Peace Keeping」(海の平和維持活動)といった名称で、実施する態勢を整えてはどうでしょう。

 現在、IMOが沿岸国のコーストガードを強化、養成する方向で各国と調整を行っていると聞いています。沿岸国自らが海賊対策に当たることが最終的な目標と理解しますが、OPK構想は、国際社会のニーズに応え、沿岸国のコーストガード体制が整うまでの間、各国連携を効率的に進めるものです。

 大々的に艦艇を派遣するように聞こえるかもしれませんが、具体的な活動内容としては、航空機等の活用による海賊根拠地の周辺沿岸域の監視と、その情報を得ての艦船による効果的な阻止・取締り、海賊への武器搬入の洋上阻止といったものが挙げられます。指揮・通信システムの共有と行動基準の共通化によって、さらに統制ある効果的な活動が期待できるでしょう。

 もちろん、このような活動と並行して、沿岸国の警備能力強化のための支援、根拠地の治安回復と貧困対策が併せて実施されるべきです。さらに、国際社会が海賊への対処で協力しなければならない中、民間企業による様々な貢献が求められ、期待されている時だと思います。

 さて、IMOでの議論に限らず、このような海賊やテロをはじめとした海の安全保障の危機、秩序の崩壊は、国際社会でも頻繁に取り沙汰されており、当然のことながらIMLIでもホットトピックスであると聞いています。

 一方、世界の海はひとつであるため、一国の環境破壊はたちまちにして、近隣諸国はもとより、世界全体にも影響を及ぼす可能性があります。船舶起因の海難事故による汚染やバラスト水による生態系の破壊もその一つです。

 海の安全の崩壊と海洋環境の破壊をはじめとする海の問題は、常に国際問題になり得えます。現在の急速な技術革新や経済発展により複雑化している海洋の諸問題に対しては、近隣との利害衝突を避けながら、国際関係を不安定化させないような裁量と、地球的広い視野に立ち海洋の専門的な知識を持った人材の養成が、法的側面からも、海洋管理・海洋政策の面からも急務となっています。

 日本財団ではこのような国際海事社会の情勢に鑑み、今までにない新しいスキームとして「海洋環境の保全」と、「海洋の安全保障」に関する二つの講座を5年間に渡り、新たにIMLIに設置したいと思います。

 私は、この二つの新しい講座とIMLIが伝統的に持つ世界的なネットワークが相まって、IMOの海のルール作りに積極的に関与し、影響を与え、また、決まったルールに従うだけでなく、海の変化に合わせて適切に対処する柔軟な発想を備えた人材が、マルタ島から輩出されることを願っています。この二つの講座は、きっと、国際海洋秩序の安定を担う人材を育成する豊かな土壌となってくれるに違いありません。

 IMOや各国政府の取り組みと共に、従来からの手法や、既成概念、法的側面だけにとらわれずに「新しい海事社会、海洋秩序」のあり方、それにふさわしい人材育成は何かを考えて取り組み、その成果を海事社会に積極的に提供することがIMLIならできるはずです。そのための前向きで積極的な活動に対して、日本財団は支援を惜しみません。この20周年記念セミナーを契機に、IMLIが更に大きな一歩を踏み出すことを心から期待しています。