世界ハンセン病プログラム・マネージャー会議

インド・ニューデリー

 サムリー博士、ナショナル・プログラム・マネージャーの皆様。この会議の開始にあたってお話しできますことを大変嬉しく思います。

 ここにお集まりの皆さんをはじめとする関係者の多大なる努力の結果、多くの国がハンセン病における公衆衛生上の制圧を達成しました。この場を借りて今一度、皆様の貢献に敬意を表したいと思います。ありがとうございます。またブラジルも2015年には制圧を達成すると表明しました。長い歴史を持つハンセン病において、ここ数十年の取り組みはまさに特筆に値するものだと思います。

 しかし、各国で制圧を達成して以降、ハンセン病対策がやや停滞状況にあることは皆さんも感じているところではないでしょうか。インドでは患者数減少の速度が遅くなってきています。インドネシアも懸念事項を抱えています。アフリカにも頻繁に訪問してきますが、引き続き課題を抱えています。これらの国々・地域においてハンセン病対策の質をこれからも維持していくことは絶対に必要なことです。

 公衆衛生上の課題として制圧が達成されたとしても、ハンセン病の問題がなくなったわけではないことは皆さんがよくご存じの通りです。世界各国で未だに多くの人々が新たにこの病気に罹っているだけでなく、病気ゆえに重い障害や深刻な差別に苦しんでいるからです。ハンセン病ゆえにこれまで人々が背負ってきた苦しみをなくすというミッションに向かって、医療面と社会面の両方において課題は残されています。

 医療面においては、患者数の減少が停滞していたり、よりリーチが困難なところが蔓延地域として残されていたり、新規患者に重度の障害を伴う割合が高い地域があるといったいくつもの課題が残されています。にもかかわらず、各国でハンセン病対策の政策上のプライオリティが低下し、リソースが制限されている状況にあることを、私自身、これまで訪問してきた多くの国々で確認しています。皆様の中には、こういった状況に頭を悩ませておられる方々も多いことでしょう。

 これに対し、私自身、WHOハンセン病制圧大使として各国の政治リーダーに積極的に会い、プライオリティが下がらないよう忍耐強く働きかけることは今後も続けていく所存です。しかし、ほかの様々な病気に対するプログラムがあるなか、皆さんをはじめとして関係者全員が、各国・地域の状況に合わせて創意工夫し、戦略的、想像的なアプローチを実践してく必要があるでしょう。

 たとえば、今まで以上にリーチが難しい部族や地域、正しい知識が届きにくい貧困層の間で病気が蔓延していることから、ターゲットを特定し、それぞれの状況に合わせて最も有効な方法でアプローチしていく必要があります。私自身もアフリカやインド、ブラジル、インドネシアなどで蔓延地域を訪問し、現場のニーズに根ざした対策をとっていくことの重要性を実感してきました。

 また、本会議のテーマの一つでもある新患における重度障害患者の減少を推し進めるためには、早期発見・治療を促すための正しい知識の伝達も今まで以上に工夫が必要です。字の読めない人々やテレビ・ラジオを持っていない人々にハンセン病に関する正しい知識を伝えるためには、路上での芝居や演劇が有効でしょう。私も訪問先で屋外での芝居を見る機会があり、村人たちが熱心に見入っている様子に感心した経験があります。

 さらには、新規患者の発見や正しい知識の伝達において、回復者にさんかくしてもらう環境も整ってきました。WHOが昨年発行した「回復者参加強化ガイドライン」を各国に適用し実施していただきたく思います。他にも様々な戦略的、創造的アプローチが皆様によって検討され、この会議でも闊達に議論されますことを願っています。

 こういった医療面での活動が進み、早期発見や適切な治療を徹底させることができれば、障害が強く残るケースを減らしていくことができるでしょう。そして、障害が目に見えるものでなければ、一般の人々が差別をしてしまう原因がすくなくなります。その結果、人々がより自発的に病院へ診断に行きやすくなります。皆様の取り組みが一人一人の人生を救うことになるのです。

 このような医療面での取り組みに加え、社会面での取り組みも重要であることを改めて強調したいと思います。

 長いハンセン病の歴史の中で、必ずといっていいほど、この病気に罹った患者は社会から追放されてきました。いったん症状が出ると、まるで存在していないかのように扱われるのです。この病気については、高い感染力を持つ、遺伝する、天罰であるといった多くの誤解や迷信がありました。そして、それらの誤解や迷信が人々の心に根強く残っています。そのような迷信が深く染みついているために、ハンセン病患者・回復者はたとえ病気が治っても、社会的差別を引き続き受けているのです。

 世界からこのスティグマと差別をなくすことは決して容易なことではありません。しかし、ハンセン病による苦しみのない世界を実現するためには私達の努力をやめるわけにはいきません。私自身はこのために3つの戦略を掲げています。

 一つ目は、国際機関や政府に行動を起こすよう政治的に訴えることで、ハンセン病を人権問題として注目させることです。二つ目の戦略は、世界の様々な分野の指導者に賛同を得るグローバル・アピールを通して一般の認知を高め、社会の認識を変えることです。そして三つ目は、ハンセン病回復者自身がハンセン病に対する医療、社会、そして心理的な闘いにおける主役となれるよう、彼らのエンパワーメントを支援することです。

 第一の戦略について、私は2003年にジュネーブの国連人権高等弁務官事務所への働きかけを開始しました。それから長い過程を経て2010年12月、国連総会で「ハンセン病患者・回復者とその家族への差別撤廃決議」およびその原則とガイドラインが全会一致で可決されました。これは歴史的な一歩でありますが、もちろん、この決議によって差別とスティグマが自動的になくなるわけではありません。私たちはこの決議を、差別に対する闘いにおける重要な武器として活用していかなければなりません。

 第二の戦略として、2006年から行っているグローバル・アピールについても紹介したいと思います。これはハンセン病患者・回復者へのスティグマと差別をなくすための声明です。これまでノーベル賞受賞者をはじめとした世界の著名な指導者やハンセン病回復者代表、人権NGOや宗教、著名企業、大学の指導者たちに署名を得て、世界中に発信されてきました。グローバル・アピール2012は世界の各国医師会に賛同していただく予定です。これを機に、皆さんの活動のパートナーである医師の方々に理解を深めていただき、医療施設での患者に対する偏見を撤廃する足がかりとしたいと考えています。

 第三に私は、ハンセン病回復者が自分たちの尊厳を回復し、直面する不公平に対して立ち向かっていけるよう、彼等のエンパワーメントを後押ししてきました。たとえば、私はここインドでハンセン病回復者のナショナル・フォーラムを創設しました。このナショナル・フォーラムは、回復者が意見を述べ、その声が届くようにするための共通のプラットフォームを提供します。そして、尊厳と人権の回復に向けて彼等が力を合わせていく場です。この動きに合わせて、小規模融資や奨学金、その他の取り組みを通してハンセン病回復者の社会復帰を支援するため笹川インドハンセン病財団も創設しました。インドだけでなく他の多くの国々でも回復者組織が活躍しています。彼らの声が聞こえるようになっているだけでなく、彼らがその家庭の中で力をつけてきているのです。

 ハンセン病に伴う差別に立ち向かっていくためには私たちが一つにならなければなりません。NGOと政府、国際機関、そして回復者自身が共に力を合わせることではじめて、差別をなくし尊厳を回復していくことができるのです。

 医療、社会の両面で課題が残る中、これから私たちはどうあ海を進めていくべきでしょうか。私たちは決して現状に満足してはいけません。さもなければ、この病気が再び蔓延することになるでしょう。すべての患者に早期の診断と適切な治療を徹底できるよう対策を強化する必要があります。自分たちの活動を省みて、改善のために何ができるかを考えなければなりません。この会議は皆さんの叡智を結集する重要な機会です。皆さんが抱えている難解な課題を克服できるよう、私も特別大使として最大限の努力をしていきます。やるべきことはまだたくさんあります。私たちのトールに向かって、共に力を合わせ、力強く歩みを進めていきましょう。