国際専門家会議・放射線と健康リスク  〜世界の英知を結集して福島を考える〜

日本・福島

去る3月11日午後2時46分、日本の東北地方をマグニチュード9.0の巨大な地震が襲いました。この地震では、地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた大津波が一瞬にして人や家を飲み込み、場所によっては集落全てを根こそぎ飲み込みました。ある町には、ビルの10階相当にあたる高さ39メール、時速115キロの津波が襲いました。私も支援の関係で度々被災地を訪れましたが、町の原型がほとんど残っていなかったり、巨大な船がいくつも陸に打ち上げられたりしている光景にショックを受け、自然の脅威を改めて思い知らされました。迫る津波の恐怖に耐えながら、生きるために必死で逃げた方々のことを思うと本当に胸が痛みます。今回の震災で1万6000人もの方が亡くなり、地震発生から半年経った今も約4500人の方の行方が分からないままです。かろうじて生き残った方々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、厳しい現実と闘っています。

そしてこの地震による大津波は、日本人だけでなく世界の人々をも震撼させることになりました。ご存じの通り、大津波が福島第一原子力発電所を襲ったのです。その模様はたちまち世界中で放映され、それを見た人たちの放射能に対する恐怖や不安が、日本だけでなく世界の至るところで波紋を起こしました。

その恐怖と不安のまさに渦中にあり、これまでの生活が一変してしまうような深刻な被害を受けたのが福島県民の方々です。事故から間もなく、原子力発電所の周辺に住む8万人ほどが一斉に立ち退きを命じられ、必要最低限の荷物だけを持って家を離れました。手塩にかけて育てた牛や豚を残し、後ろ髪をひかれながら立ち去った人たちもいます。かろうじて強制退去を逃れた福島県民のなかにも、子どもの健康を気遣い、仕事のある父親を残して母親と子どもだけが他県へ引っ越し、父親と離れ離れで暮らすことになってしまった家族も少なくありません。もちろん、住み慣れた町への愛着や経済的なことなどを考えると簡単には生活の拠点を変えられるわけではなく、ほとんどの方が元々の住まいに留まり生活をしています。

今日でちょうど事故から半年が経ちますが、こうした福島の人々は、依然、放射性物質に汚染された海や土壌や空気の問題について全く見通しが立たない状況に焦りを感じています。そして特に福島で生活を続けている人々は、低線量の放射線被ばくによる身体への影響について未だ明らかにされないことへの不安が大きくなっています。

そこで私たち日本財団は、少しでも福島の人々の心の疲れや不安を和らげることができないかという思いから、数々の問題があるなかで、最も重要で緊急的な課題の1つと考えられる「放射線と健康リスク」についての国際専門家会議をここ福島で開催することに致しました。

3月11日以降、日本に限らず世界において、福島原発事故による放射線の影響、なかでも健康リスクに関する情報が錯綜しています。様々な理由が考えられますが、1つには、テレビのコメンテーターなどが放射線の影響に関して科学的根拠のない単なる私見とも思えるような無責任な発言を繰り返したり、何人かの専門家たちが放射線の健康リスクなどについて科学的な証明が不十分なのにもかかわらず、それぞれの見解を安易にメディアで述べて人々の不安を煽ったりしているということが言えます。例えば、「1年に20ミリシーベルトまでは健康に問題ないと言う専門家もいれば、危ないと言う専門家もいる。一体どちらが本当なんだ?」といったような話はあちこちで聞かれました。このようにして発信源によって異なる質の低い情報が、日本にとどまらず海外に至るまで氾濫してしまっているのです。

また、一般人が理解、或いは納得できるような形で情報が提供されていないために、誤った認識や憶測を生み、それらが広まって情報を錯綜させているのも事実です。例えば、シーベルト、ベクレルといった専門的な単位が羅列された複雑な説明に対し、それが何を意味しているのかという解説が乏しいために誤解が生じ、過剰な不安を煽ったりしています。こうした情報の錯綜が、福島県民だけでなく国民や世界中の人をも混乱させ、風評被害を引き起こしているのです。福島県産の農産物は検査を通っていても危険だから買わない方が良いだとか、悲しいことには避難先の学校で子どもがいじめを受けたとかいうこともありました。このような風評被害が、ただでさえ厳しい状況に置かれている福島県民をさらに傷つけているのです。

この会議には、国連科学委員会や国際放射線防護委員会、国際原子力委員会、世界保健機関など各分野の最前線で活躍する専門家が世界14カ国から参加しています。放射線災害医療の学際的研究を重ねてきた世界トップレベルの英知を結集し、福島の現状を正しく把握し、原発事故による放射線と健康リスクについて科学的根拠に基づいた対応を協議します。そして最終的には、ここで協議された内容や今後の対策について取り纏めたものを、提言という形でできるだけ分かり易く、一般の方々にもしっかりと理解いただけるようにお伝えしたいと思います。

日本国民、特に福島の人々は、本事故に対するこれまでの政府や東京電力の対応の遅さ、事後報告、情報の隠蔽といった不誠実、不適格、不透明な対応に憤りを感じ、今となっては何も信じることができないという不信感に陥っています。

そこで、通常は科学者などが集まって開かれる国際会議は非公開が一般的ですが、本会議は全てをオープンにして行うことにしました。本来であれば実際に一般の方々に会場にお越しいただくのが理想ですが、会場の規模の問題もありますので、今回はUstreamを活用して生中継で全世界に発信することに致しました。ただし私は、会議を全てオープンにしたからといって、本会議の内容や結果を全て受け入れていただけるとは思っていません。それほどこれまで蓄積された福島県民の不信感は大きなものだと理解しています。しかし、だからといって何もしないのではなく、私は福島の復興に向けてそれぞれ自分たちができることを粘り強く取り組んでいくべきだと考えます。

日本財団は、笹川記念保健協力財団と協力し、1991年より10年間、チェルノブイリ事故に汚染された地域に住む20万人の児童の検診を行いました。この検診の科学的データに基づく情報は、WHOやIAEAといった各分野を代表する世界の研究機関などで活用されています。さらには、チェルノブイリ原発事故で被ばくした方の細胞を保管・管理し、世界の医療研究機関に提供するTissue BankをECやWHOなどの国際組織や米国の国立癌研究所、ロシア・ウクライナ・ベラルーシ3国の政府と協力し創設、その運営にかかる支援を今も続けています。この経験や世界中の専門家とのネットワークを最大限に活かし、国際的な専門家会議を開催して課題解決にあたることこそ、日本財団が果たすべき重要な役割だと考えます。

本国際会議を福島で開催するにあたり、私はぜひ専門家の皆さま全員に福島の現状をよく理解していただきたいと思い、専門家の皆さまが福島に滞在している間に福島視察の機会を設けさせていただきました。ここにご参集いただいた専門家の皆さまには、どうか福島の人々が抱える焦りや不安を汲んでいただき、皆さまの英知を結集して放射線と健康リスクの課題解決に取り組み、福島の復興に力を貸していただければと思います。

最後になりますが、一日一日を懸命に生きようとする福島の皆さまには心から敬意を表するのと同時に、改善策が見つからず、先行きも不透明な状況が続いているなかで、皆さまの復興への希望が少しずつ失われていってしまうのではないかという心配もあります。我々は今後も福島のためにできる限りのサポートをしていきたいと思いますので、どうか復興への希望を持ち続けていただきたいと思います。ご清聴いただき有難うございました。