第5回ハンセン病と人権国際シンポジウム

スイス・ジュネーブ

本日は、第5回目のハンセン病と人権国際シンポジウムで皆さまにお目にかかれることを大変嬉しく思います。

さて、冒頭のビデオにもありました通り、ハンセン病は人類の歴史の中で最も差別を受けてきた病気のひとつとして知られています。治療法がない時代には、業病あるいは天刑病と呼ばれ、人々に恐れられていました。何世紀にもわたり、世界各地でハンセン病患者、回復者は故郷を追われ、人里離れた村や島に隔離されていました。そして、その差別は本人だけではなく家族にまで及びました。

1980年代になると、多剤併用療法(Multidrug Therapy :MDT)という有効な治療法が開発され、1990年代後半からは世界中どこでも無料で薬が手に入るようになり、多くの人々が病気から解放されました。

また、早期発見・早期治療が的確に行われれば、身体に障害が出る前に病気を治すことができるようになりました。私は病気が完治すれば差別も徐々になくなっていくであろうと考えていました。しかし、その考えは間違っていました。

医療面での劇的な進展があったにも関わらず、長い間、ハンセン病患者、回復者を苦しめているスティグマや差別は残ったままでした。病気が治癒したにも関わらず、何世紀にもわたり、人々の心の中に植え付けられたスティグマや差別は消えることなく、ハンセン病患者・回復者の苦しみは続いていたのです。

私は40年以上にわたり、ハンセン病制圧活動で世界各地に足を運ぶ中、多くのハンセン病患者と回復者に出会いました。

彼らはそれぞれに苦しみを抱えていました。

ハンセン病に罹ったという理由で仕事を失った人や離婚を余儀なくされた人。
家族からも見放され、コロニーで暮らすこと以外の選択がなかった人。
差別を恐れて、コロニーを離れることを拒む人。

差別に苦しむ人々の人生はどれ一つ同じではありませんが、彼らの過酷な苦しみは世界各国に共通する深刻な人権問題でした。

私は、こうした社会の不正と闘わなくてはならないと強く感じました。そこで、私はハンセン病を取り巻く差別について人権問題として訴えるため、2003年にジュネーブの国連人権高等弁務官事務所(Office of the United Nations High Commissioner for Human Rights:OHCHR)への働きかけを開始しました。それから7年という長い歳月を経て、多くの関係者のご協力により、2010年12月に国連総会本会議にて、「ハンセン病患者・回復者とその家族への差別撤廃決議」が全会一致で採択されました。本決議は、各国政府等に対し、政策の策定や実施に際し、原則及びガイドライン(Principles and Guidelines:P&G)に十分な考慮を払うことを求めています。

国連決議が採択されたことは大きな成果でした。しかし、残念ながら、国連決議とそれに付随するP&Gには法的拘束力がありません。P&Gは実際に社会の中で実践されなければ、現状は何も変わらず、ハンセン病患者、回復者に対するスティグマや差別はそのまま残り、彼らは厳しい差別と人権侵害に苦しみ続けることになってしまうからです。

このような状況を改善するために、私たち日本財団は、「ハンセン病患者・回復者とその家族への差別撤廃決議」とP&Gを各国政府や関係者、広く一般の方々にも周知し、社会の中で確実に実践されることを目的に、ブラジル、インド、エチオピア、モロッコの世界の4つの地域において「ハンセン病と人権国際シンポジウム」を開催してまいりました。

そして、ここジュネーブで第5回目の最終回のシンポジウムを迎えることができました。私にとってジュネーブは、ハンセン病の差別撤廃の大きな一歩を踏み出した特別な場所であり、この地で皆さまとお話できることを大変光栄に思います。

これまでのシンポジウムを振り返ると、それぞれの回で具体的な成果がありました。最も素晴らしい成果はハンセン病と人権国際ワーキンググループ(International Working Group:IWG)が発足したことでした。

IWGは、横田洋三議長のご尽力のもと、人権問題の世界的なエキスパートが集まり、活発(積極的)な活動を展開してくれています。IWGは、P&Gをフォローアップし、各国の具体的な活動を促すための、アクションプランモデルの作成に取り組んでくれました。詳細は、本日IWGのメンバーから詳しい発表がありますが、この場をお借りして、あらためて、心からの感謝を申し上げます。

こうしたIWGの動きとは別に、日本政府も現在行われている国連人権理事会本会議において、2010年の「ハンセン病患者・回復者とその家族への差別撤廃決議」をフォローアップするための新たな決議案を提出してくださると伺っています。詳しくは、後ほど、在ジュネーブ国際機関日本代表部の小田部陽一特命全権大使からお話があるかと思います。

この機会に、日本政府の多大なるご尽力に深い敬意を表します。この決議案が採択されることで、国連人権理事会の諮問委員会によるさらなる調査を経てP&Gを実行するための持続可能なメカニズム(sustainable mechanism)が確立することでしょう。

P&Gを実践する上で、中心的な役割を果たしているのがハンセン病回復者自身です。ハンセン病回復者たちの中にもポジティブな変化を目の当たりにする場面も増えてきたことは、大変光栄であり、嬉しいことであります。

日本財団は、ハンセン病回復者自身が主役となって行動すべきだという考えのもと、インドにおいてハンセン病回復者協会(The Association of People Affected by Leprosy:APAL)の立ち上げに協力し、継続的に支援を行っています。

近年、APALは政府との交渉を行い、ハンセン病回復者に対する生活手当の支給や年金の値上げなどを実現させてきました。

このことは、ハンセン病回復者自身が差別と闘う力を持ち、彼らの声が政府を動かしたという証であります。私はこのようなハンセン病回復者が主役となった力強い取り組みをこれからも精一杯サポートしていきたいと思っています。

このようなポジティブな変化が世界の一部の地域では見られるようになったことは大変喜ばしいことです。しかし、今なお、多くのハンセン病患者と回復者が差別に苦しんでいるということを忘れてはなりません。こうした不正を克服し、P&Gを効果的に実践して、彼らを取り巻く状況を改善するために主要な役割を果たすことができるのは各国政府です。

各国政府には、まず、ハンセン病患者・回復者の人権を取り戻すために、差別法の撤廃をはじめとする制度改革など国レベルで実施することに対するコミットメントをお願いしたいと思います。さらに、ハンセン病回復者組織、人権専門家、医療従事者、弁護士、研究者など様々な分野の関係者の皆さまと力を合せ、社会の中で、P&Gが効果的に実践されるように取り組んでいただきたいと思います。

本シンポジウムでは、最終セッションに世界医師会、国際法曹協会、国際看護協会の代表がご登壇くださる予定です。この素晴らしい機会に、ぜひ各国の多岐にわたる分野の関係者の皆さまと相互に交流を深めていただければ幸いです。

P&Gが社会で効果的に実践されることにより、一人でも多くのハンセン病患者、回復者が差別を受けることなく、人権を取り戻して、生きられることを願っています。

さて、シンポジウムは最終回を迎えますが、本日を新たなスタートとし、ハンセン病に対する差別のない社会をつくるために、引き続き、各国政府の強いコミットメントとご協力をお願いしたいと思います。長い道のりではありますが、ハンセン病に対する差別がなくなる日まで、皆さま手を携え、共に歩んでいきましょう。

日頃からハンセン病制圧活動のために多大なるご尽力をくださっている各国代表者の皆さま、国際関係機関、NGO、人権専門家、そして、ハンセン病差別撤廃のためにご尽力くださっているすべての皆さまに心より感謝申し上げます。

また、今回本シンポジウムの開催にあたり、多大なご尽力をいただいた国際・開発研究大学院に厚く御礼申し上げます。

そして、私たちの活動に深い理解とご協力をいただいている潘基文国連事務総長とマーガレット・チャン世界保健機関事務局長のお二人のリーダーにはいつも心強い励ましのお言葉をいただき、大変勇気づけられています。

最後に、一連のシンポジウムにおいて中心的な役割を果たしてくださったハンセン病回復者の皆さまに深く感謝の意を表します。