”homeless, not hopeless”
ホームレス、だけど希望はあります。
~ビッグイシュー「人生挽回」ストーリー~
【はじめに】
“大切な命”をテーマにしている夢の貯金箱は、 “人生をあきらめず、再び輝く命”を一人でも多くの方が実感出来る世の中のために、ホームレスの人々が再び社会に復帰できるための活動を推進するNPO法人ビッグイシュー基金に賛同し、支援を行っています。
この「“homeless, not hopeless" ホームレス、だけど希望はあります。」は、様々なビッグイシュー基金の活動の一年間の連載報告で、毎回魅力的なホームレスの方ひとりにスポットを当てています。今回は第二弾です。
【第三章】 ホームレス・ワールドカップ日本代表としてミラノへ
ホームレス・ワールドカップって何?!
ホームレス・ワールドカップはホームレスしか参加することができない国際的なサッカーの大会です。サッカーを通してホームレスの人たちが、自分自身の力で人生を変える力を得る機会をつくります。また、世界で貧困問題が深刻化する中、ホームレスが国内外で激増しつつあり、貧困の象徴でもあるホームレス問題の解決をアピールするという大会でもあります。
このワールドカップをきっかけに世界60ヶ国で草の根のサッカープログラムが始まり、3万人以上が選手として参加。参加者の70%以上が人生が前向きに変ったと答えており、仕事を見つける、住居に入る、学校に通い始める、麻薬やアルコールなどの依存症から抜け出す、サッカーのコーチや選手になる、自分で社会的起業を果たすなど次のステップに進んでいます。
ホームレス・ワールドカップ事務局所在地はスコットランド・エジンバラにあり、ワールドカップ大会運営を担う社会的企業ホームレス・ワールドカップと、世界各地での草の根レベルでのサッカープログラムの振興のための支援を行うホームレス・ワールドカップ財団が協働しています。
UEFA(ヨーロッパサッカー連盟)、ナイキ、ボーダフォン財団などがホームレス・ワールドカップのオフィシャルスポンサーです。International Network of Streetpapers (INSP)、the UNO(国際連合)がパートナーとしてプロジェクトを支えています。

平均年齢52.5歳の日本チーム

クレジット:HIDEAKI TAKAMATU
観客動員数は1週間でのべ13万人
2009年はミラノで大会が開催され、日本チームも出場します!
今年で7回目となるミラノ・イタリア大会(9/3~9/13)には、日本チームの出場が決まっています。日本チームは今回が2度目の出場となりますが、1回目の参戦は第2回大会のスウェーデン大会(2004年)。平均年齢52.5歳のチームは懸命なプレーと笑顔で観衆を魅了、満場一致でフェアプレー賞を受賞しました。8名中7名が2年以内に自力で路上生活を抜け出し仕事につくという実績も残しています。参加2回目となる今年は、平均年齢が前回より10才以上若い40代。ミラノ大会に出場する選手8名も、サッカーの練習や大会への参加を通じて、生きる意欲や元気を取り戻し、厳しい現状から抜け出すための原動力を養います。今年も参加者全員が脱路上を目指して、世界のゴールを狙います。頑張れ、ニッポン!頑張れ、野武士ジャパン!!(※)
ミラノ大会への出場権を手にした販売者、佐々木さん

青空の下で
「技術的にも精神的にも自分が選ばれる自信がなかった。」
そう語るのは、ビッグイシューの販売歴1年3ヶ月の佐々木善勝さん。
ミラノには野武士ジャパンで月2回の練習を積んできた選手の中から、自立への意欲が高く代表チームの一員にふさわしい資格と資質がある8名が選ばれました。
その1人に選抜された佐々木さんは、山形県出身の36歳。路上生活になってしまったのは、今から5年前だといいます。
地元では高校卒業後、自衛隊に4年在籍し戦闘訓練などを経験。その後、地元の建設会社に就職しましたが、不況のあおりを受けて失業。31歳のとき、東京に仕事を求めて上京してきました。上京後は、これまでの経験を生かせる建設現場や解体現場で、日雇いの仕事を続けてきましたが、仕事がない時期は、路上で寝泊りすることも多く、常に不安定な生活を強いられてきました。
「上下関係の厳しい日雇いの仕事、建設の現場は人間関係が複雑で大変だった。その中で人間関係を築くことに自信がなくなり、人見知りするようになって、それに、現場の寮っていうのは、狭い部屋に10人~20人が押し込まれるいわゆる“タコ部屋”で、この生活はきつかったなぁ」と、当時の生活を振り返りました。
サッカーの練習に参加しようと思ったのは、販売を始めて2週間経ったときに蜂窩織炎という病気で足が腫れ、2週間ほど療養したのがきっかけ。「足のリハビリになれば」と思い、スタッフの誘いに軽い気持ちではじめました。しかし、練習を重ねる度にサッカーが面白くなり、気づいたらはまっていたといいます。「小学校の頃、スポーツ少年団(クラブ活動)でサッカーをやっていた時期もあったんだけど、心臓の病気が見つかって、中学までは体育の授業は休んでいたんだ。今は心臓の病気も治ったけど、思い切りスポーツできない時期っていうのも経験しているから、初めは健康面で不安もあって・・・。サッカー始めたばかりの頃は、あちこち筋肉痛で大変だったよ。歩けないほど痛くてさ。全身ボロボロだったけど、今ではきつい練習をしても何ともなくて、体も強くなったなぁって」

素敵な彼女も見つけたいと話す佐々木さん
路上生活という理由から、連絡しずらくなっていた実家にも、今回のミラノ渡航のパスポート申請の為、連絡をする決意を固めました。
「5年ぶりに親父にあって、頭を下げてきたよ。情けない状態になってしまいごめんって。はじめ、ぶん殴られるんじゃないかと思ってさぁ。でもそんなことなかった。親父は体の調子を悪くして半年入院していた時期もあったとかで、迷惑かけたなぁって思った。温かく迎えてくれて一緒にお酒も飲んで、ずっと会いたいと思っていた妹にも会えたし」
山形から帰ってきた佐々木さんは、父親に自立への強い意志を伝えて帰ってきました。「勝負はやってみないことにはわからないけれど、いつも励ましてくれるお客さんや応援してくれている人たちの顔を思い出しながら、思いっきりぶつかってきます。ミラノから帰ってきたら、就職先を見つけてアパート生活を送りたい。そして来年は、第8回リオ・ディ・ジャネイロ大会に出場する選手をサポートする側にまわりたいと思う。」
サッカーを通じて、佐々木さんの夢はまだまだ広がります。
★おまけ★
何でも手作りします
サッカーの練習試合や野武士ジャパンの取材などで大活躍するロゴの横断旗。プリントアウトから色塗り、貼り合わせまで すべてスタッフと販売者が協力し作成しました。こちらの横断旗はミラノでも活躍するかも。。。

狭い事務所の床で、ロゴの色塗りをする佐々木さん