”homeless, not hopeless”
ホームレス、だけど希望はあります。
~ビッグイシュー「人生挽回」ストーリー~
【はじめに】
“大切な命”をテーマにしている夢の貯金箱は、 “人生をあきらめず、再び輝く命”を一人でも多くの方が実感出来る世の中のために、ホームレスの人々が再び社会に復帰できるための活動を推進するNPO法人ビッグイシュー基金に賛同し、支援を行っています。
この「“homeless, not hopeless" ホームレス、だけど希望はあります。」は、様々なビッグイシュー基金の活動の一年間の連載報告で、毎回魅力的なホームレスの方ひとりにスポットを当てています。今回は第5弾です。
【第五章】働く意欲はある。でも、仕事がない。
ビッグイシュー基金が行なう様々な就職支援
ビッグイシュー基金の母体である(有)ビッグイシュー日本には、現在150名のホームレスの人たちが販売者登録を行い 12都道府県で販売を展開しています。販売者をはじめとするホームレス状態にある方々が、一人でも多く路上を抜け出し、就職していただくことをサポートするのが、ビッグイシュー基金の役目ですが、昨今の金融危機の影響で、ハローワークには毎日人が溢れ、若い人にも仕事がないという状況が生まれています。働く意欲はあるのに、仕事がない。住所がないホームレスの人たちにとっては、二重に大変な状況下ではありますが、ビッグイシュー基金では、いつでも就職に繋がる様に、履歴書の書き方、IT研修・ビジネスマナー講座の開催、スーツの貸出し等、様々な就職支援を行なっています。
名刺の渡し方や面接の受け方を学ぶ

模擬面接の1コマ
10月には企業で新人研修などの講師として活躍している円れい子先生をお招きし、ビジネスマナー講座を開き、名刺の渡し方や面接の受け方について学びました。語先後礼や、第一印象は見た目で決まるというメラビアンの法則(注1)を学んだ後、擬似面接を体験し、講師の先生からアドバイスをもらいました。緊張のあまり敬語がおかしくなってしまう人、照れ笑いが止まらない人など、会場内に思わず笑いがこぼれる一場面などもありましたが、参加者はメモをとるなどして、就職に役立てようと真剣に聞いていました。
(注1)話者が聴衆に与えるインパクトには、3つの要素があり、それぞれの影響力を具体的な数値で表した法則。アメリカの心理学者アルバート・メラビアンが1971年に提唱した。
がんばっているビッグイシュー販売者に仕事を提供したい
就職難の中、直接ビッグイシュー基金にアルバイトや就職先の斡旋をしてくださる方々もいらっしゃいます。今年の夏は一般のご家庭から、庭の植木の手入れと水遣りのアルバイトを斡旋していただくという有難いお話しもありました。このアルバイトには、過去に造園業の仕事経験をもつ、高倉さん(仮名)が選ばれ、販売の仕事と掛け持ちしながら、お仕事をしています。真面目な仕事ぶりと丁寧さが認められ、最近では、ペンキ塗りなども頼まれています。販売の仕事は雨風の影響で出来ない日もあるので、このようなアルバイトがあると収入が安定し、貯金することもできます。また高倉さんは、草花と接することで、心の落ち着きを取り戻したといいます。

ビッグイシューの販売を終えてから、アルバイトへ

最近では、ペンキ塗りも任されています
殺してしてくれと叫んだあの日
そんな高倉さんは、鹿児島生まれの九州男児。小学校4年の時に右腕から上半身にかけて大やけどを負い、意識不明の重体となりました。あまりの痛さに耐えられず、幼い高倉さんは「殺してくれ」と叫んだそうです。
とにかく運動神経が抜群に良かった高倉さんですが 中学の頃は、卓球部に所属していました。「本当は野球とかも好きでやりたかったんですけどね。やけどの後遺症で垂直にあげれなくなった右腕では、思いっきりボールを投げたり、キャッチすることができないんですよ。でも卓球だったら ほら、真上に腕を伸ばしたりしないでしょ。だから選んだんですよね」。そういって、Tシャツの袖をまくり、火傷のあとを見せてくださいました。今も痛々しさが残る傷跡をさすりながら、少しうつむき加減で高倉さんが話してくださったこと——。
ビッグイシューにくる前に仕事を失ったのも、この火傷が原因しているんですよね

表参道駅みずほ銀行前の販売場所にて
高校を卒業してから10年間、日立の空調設備の現場管理者として働き、その後、建築・土木の仕事に転職。契約が1ヶ月だったり、最短で10日間だったり、という当時から不安定な業務形態の中、ひたむきに仕事と向き合い 玉掛けや酸素欠乏など約15、6種類の資格を取得しながら必死になって働いてきました。あらゆる資格を取り続けたのは、より多くの仕事を請け負うため。そして職長になることを目指していました。子供の夢が叶う場所“ディズニーランド”の建設にも携わったといいます。「実は“ディズニーランド”のオープン当日、僕もあの場所に居たんですよ。しかもぬいぐるみの中に入って。まさか誰もあの中に建設現場の作業員も混じっているとは思わなかったでしょうね。キャストが足りなくて急遽、お願いされたんですよ(笑)」。
しかし規模の大きな仕事も建設工事が終了すると、次の現場がない限り、仕事が続きません。「住込みの寮だけではなく、アパートに入居していたこともあったけど、仕事がない期間が長くなったりすると 家賃が払えなくなって、退去せざるを得ないどうしようもない状況だった。そんな人が周りに沢山いましたね」。仕事がないときは、スナックのボーイや居酒屋、造園屋など、様々なアルバイトも経験したといいます。バブルが崩壊し、仕事が劇的に減って、やけどで右腕が上がらないというハンデが、更に高倉さんを追いつめた。「50代になると殆ど仕事が回ってこなかったですね」。
少しずつ貯めていたお金が底をつく前に、高倉さんは一大決心をします。「たまたま会った知人が 数日前からビッグイシューをやっていて、僕に勧めてくれたんですよ。高倉さんに似合うかもしれない仕事だよって。本当は前からビッグイシューは知っていたんだけど、やりたいとは思わなかった。だって、ホームレスって看板背負って販売するわけでしょ。そんな恥は欠きたくないって思っていたんだ」。
それでも残金が残りわずかとなっていた高倉さんは、ほんの足掛けのつもりで販売をスタートさせました。

ビッグイシュー基金の卓球クラブ。高倉さんにとって40年ぶりの卓球だったとか
表参道駅みずほ銀行前。それが高倉さんの売り場です。初日から記帳している販売ノートには、その日の売上げやお天気などが細かく記され、1週間毎の目標が書かれています。「何事も前向きの気持ちをもって行動すること」「前週は雨台風の影響で販売売上げが少ない分、少しずつ取り返すように心がけること」
ほんの足掛けのつもりが、今では大切なお客様が増え、捨てがたい仕事になっている一面もあるとか。何事にも希望をもってチャレンジする精神を忘れない高倉さんは、ビッグイシュー基金が行っている講座や卓球クラブなどにも積極的に参加。今日も自立を目指して路上に立ち続けます。
★おまけ★

ネットカフェのティッシュペーパーに下書きされたお手紙
「この仕事が長続きしているのは ビッグイシューのスタッフやボランティアさん、そしてお客様のお蔭だから。」
インタビューの後、そういって さり気なく見せてくれたのは、2枚のティッシュペーパー。そこには、ぎっしりとスタッフやボランティアさんに宛てた感謝の言葉がつづられていました。「ネットカフェで自分の思いを走り書きさせたんです。これはまだ下書きだから、ことあと、ちゃんと便箋に清書しますけど」。一足お先に見せてもらった言葉にスタッフの目頭が熱くなったのは言うまでもありません。。。
【第三章】 ホームレス・ワールドカップ日本代表としてミラノへ
【第四章】心の引き出しを整理、パーソナルコーチングで“希望”取り戻す