プロジェクトニュース

[ 2009/11/30]

”homeless, not hopeless”
ホームレス、だけど希望はあります。
~ビッグイシュー「人生挽回」ストーリー~


【はじめに】
“大切な命”をテーマにしている夢の貯金箱は、 “人生をあきらめず、再び輝く命”を一人でも多くの方が実感出来る世の中のために、ホームレスの人々が再び社会に復帰できるための活動を推進するNPO法人ビッグイシュー基金に賛同し、支援を行っています。
この「“homeless, not hopeless" ホームレス、だけど希望はあります。」は、様々なビッグイシュー基金の活動の一年間の連載報告で、毎回魅力的なホームレスの方ひとりにスポットを当てています。今回は第6弾です。

40歳未満の若者ホームレスが急増

 従来“ホームレス”といえば、50代を中心に建設業等にたずさわっていた元日雇い労働者が主でした。しかしここ数年、そうしたイメージを覆す、40歳未満の若者ホームレスが急増。「ネットカフェ難民」、さらに「派遣切り」という言葉に象徴されるように、若者の貧困化や、製造業における若い派遣労働者のホームレス化が大きな問題となり始めています。さらに、厚生労働省の10月の発表によると、08年秋以降の世界同時不況の影響で、雇い止めなどにより解雇された派遣などの非正規労働者の数は、23万9千人にのぼるとされています。
しかし、若者ホームレスの具体的な支援方策についてはまだ十分に検討されておらず、社会の未来を担っていくべき若者たちが、いとも簡単に路上に投げ出され、放置されているのが現状です。若者を路上に固定化することは、社会の基盤を弱め、未来を失うことでもあります。そこでビッグイシュー基金では、若者ホームレスの実態の一端を知るため、若いビッグイシュー販売者へヒアリングを行い、若者がホームレス化するプロセスや実態、彼等が抱える問題を明らかにすることを試みてきました。


半数以上がうつ的な状態を経験

ビッグイシュー販売者を中心に、18名の若者ホームレスにヒアリングを行った結果、彼等の多くは何らかの理由で家族との関係が途切れており、2割弱の人々が施設で育つなど、自分の居場所を持ちにくい状況に置かれていました。また仕事では、ポジティブな体験が持てず、職場を変わるたびに不安定になっていき、この間ほぼ全員がいじめや人間関係のトラブルを体験していました。その結果、他人との関係をうまくつくることができず、人との関係が先細りになり、路上に出ています。さらに、半分以上の5~6割の人々が、ホームレスになっていくプロセスや過酷な生活の中で、「うつ的な状態」など、心を病んだことがわかってきました。


高くそびえる“心のハードル”

 雇用の受け皿の決定的な不足など、年配ホームレスを取り巻く諸問題を“仕事のハードル”と捉えるならば、若者ホームレスにはうつや依存症など“心のハードル”といえるものがありました。それに加え、若さゆえの思い込みや経験不足など“若さのハードル”ともいえる若者に特有のハードルがあることも明らかになりました。
ホームレス状態のNさん(27)は言います。「仕事はあるんですけど、勇気が持てなかったんですよ。仕事しないでいるのは不安だらけですけど、過去に職場でいじめられたトラウマと両方並列しているんですよね。壁の上に壁があって、あがれないって感じなんです」

 

派遣を転々とし、路上へ—39歳の桑岡さん

販売者の桑岡さん
販売者の桑岡さん

 大阪の天王寺(公園口)で販売をする桑岡茂雄さんも、若者ホームレスのひとり。桑岡さんは現在39歳。ホームレスになったのは、今から3年前の36歳のときでした。
 桑岡さんは、高校卒業後、地元の4年制大学に入学しましたが、授業についていけず3年生のときに中退。友達をたよって東京へと向かい、今でいう登録派遣のような仕事を始めました。そこから、派遣の仕事で各地を転々とする生活が始まります。派遣先では仲のいい友達もできるけど、結局、派遣先が変わればそれまで。派遣先の現場では、自分よりはるかに待遇のいい正社員に対して、派遣社員が指示を出すような矛盾を抱えたところも多かったといいます。
 他方で、同じ職場で働く正社員の長時間労働などを目の当たりにして、「正社員になる機会やなりたいと思うことはあったけど、だんだんうせてきてしまう。いままでの経験の積み重ねからマイナスのほうへ働く」のだともいいます。また、「不当な扱いを受けたときの相談窓口はいまでこそたくさんあるけど、当時はなかった。あったとしても知るすべもなかった。だからなんかあっても我慢するしかない」

そういった職場の矛盾からくるストレスなどが原因で、桑岡さんは34歳のときにうつ病を患い、仕事に行けなくなってしまいました。その後もいくつかの派遣の仕事に就きますが、結局36歳のときに仕事がなくなり路上へ。この間、両親がいる実家には何度か戻ったこともありましたが、不安定な仕事が長引くにつれ両親との関係はぎくしゃくしていき、今は3年間連絡をとっていません。


自分でアパートを借りたい

大阪ホームレス会議に参加
大阪ホームレス会議に参加

 桑岡さんがビッグイシューに出会ったのは37歳のとき。1年ほど路上生活を送り、「人間としてもうあかんやろ」と感じ初めていた頃でした。ビッグイシューをはじめたばかりの頃は、ネットカフェで寝泊りをしていましたが、支援者が安いアパートを提供してくれたことで、いったん畳の上に上がることができました。そこを拠点に就職活動もしましたが、派遣の仕事しか見つからず、それも世界同時不況の影響で雇い止めになってしまいました。
 現在は、ビッグイシューの販売をしながら、ドヤといわれる簡易宿泊所で寝泊りしている桑岡さん。生活保護は利用しないのですか?との問いに、「40歳になるまでは自分の力でがんばってみようと思う」 楽な暮らしではないけれど、自分で貯めたお金でアパートを借りることが目標です。
 ビッグイシュー基金は、今後もさらに調査を深め、当事者のリアルな声を社会に届けること、そして若者ホームレスを生み、放置している社会のほころびを明らかにし、社会の再生にもつながる新しい支援方策を提言することを目指します


★おまけ★大阪ホームレス会議

250名以上が集ったホームレス会議
250名以上が集ったホームレス会議

 2009年11月22日、大阪の阪急グランドビルで第2回大阪ホームレス会議を行いました。ホームレス会議は、当事者と市民が一堂に会し、ホームレスの人々の日常や思いを、彼等自身の言葉で伝え、発信する場です。大阪では昨年の11月に続き2回目となる今回のテーマは、「若者ホームレス」。コメンテーターとして作家の雨宮処凛さんやNPO法人釜ヶ崎支援機構事務局長の沖野充彦さんも迎え、250名以上にのぼる市民と当事者が集いました。当事者として参加した桑岡さんは、「数年前は、なんで若いのにホームレスなんかしてんだと非難されることが多かったけど、今は少しずつ状況が変わってきている」といいます。市民の関心や理解が広がりつつあることを、実感した一日でした。