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 プロジェクトニュース

[ 2010/01/30]

”homeless, not hopeless”
ホームレス、だけど希望はあります。
~ビッグイシュー「人生挽回」ストーリー~

山下 大輔
山下 大輔
公益・ボランティア支援グループ
公益チーム


【はじめに】
“大切な命”をテーマにしている夢の貯金箱は、 “人生をあきらめず、再び輝く命”を一人でも多くの方が実感出来る世の中のために、ホームレスの人々が再び社会に復帰できるための活動を推進するNPO法人ビッグイシュー基金に賛同し、支援を行っています。
この「“homeless, not hopeless" ホームレス、だけど希望はあります。」は、様々なビッグイシュー基金の活動の一年間の連載報告で、毎回魅力的なホームレスの方ひとりにスポットを当てています。今回は第6弾です。

『路上脱出ガイド』の発行、配布

ガイドを受け取って熟読
ガイドを受け取って熟読

 08年秋以降の世界同時不況の影響で、路上生活者の数は増えつつあります。なかには、今まで路上経験のなかった人で、ある日突然仕事と家を失い路上に投げ出されてしまった人の姿も目立ちます。厚生労働省の発表では、世界同時不況の影響で雇い止めなどにより解雇された、派遣などの非正規労働者の数は23万人を超え、そのうち3%程度の人は住居も失うとされています。とりわけそういう場合は、利用できる社会資源やサービスなどの情報に乏しく、孤立した状態におかれて路上から抜け出せなくなるケースも多いのです。
そこでビッグイシュー基金は、路上を生き抜き、そこから抜け出すために必要な様々な情報を1冊の冊子にまとめた『路上脱出ガイド』の大阪編と東京23区編を、それぞれ発行、配布しています。内容は、炊出しの情報や体調が悪いときの相談窓口など、命をつなぐために必要な最低限の情報から、自立支援センターやハローワークなど仕事につくための情報、福祉の相談窓口などを含みます。


ホームレス支援の市民化

ガイドは、定期的に夜回りを行って配布していますが、毎回多くのボランティアが参加し、一緒に配布しています。さらに、近所にいるホームレスの人に配りたいという市民からの問い合わせが数多く寄せられ、その多くが市民の手から直接ホームレスの人々に手渡されました。ガイドの配布を通じて、ホームレス問題は他人事ではなく身近なものと考える、ホームレス支援の市民化ともいえる動きが生まれています。これまでに大阪編を6,800冊、東京編を12,500冊配布しました。
1月11日に新宿で行った夜回りには、ビッグイシュー販売者の藤岡さんもボランティアで参加してくれましたが、実は彼も8ヶ月前にガイドを頼りにビッグイシュー事務所を訪ねたひとりです。

『路上脱出ガイド』東京23区編(表紙)
『路上脱出ガイド』東京23区編(表紙)
ボランティアと共に配布
ボランティアと共に配布

『路上脱出ガイド』を手にするまで -藤岡さんのそれまで-

藤岡さん
藤岡さん

 現在、新宿駅南口を出て右手の大きな交差点に立つのが、神戸出身の57歳の販売者藤岡さんです。普段は物静かで控えめな藤岡さんですが、こちらから話しかけると折り目正しい日本語で何でも答えてくださり、また会話の合間に見せる笑顔の瞳がキラっと輝くところが、印象に残る販売者さんです。
藤岡さんは、昭和27年に大工の1人息子として神戸に生まれました。その後両親の離婚、藤岡さんを引き取った父親とは10代で死別するなどを経て、20歳を過ぎた頃単身上京。上京後は、おもちゃ工場の従業員、建築業の現場等、複数の仕事を経験してきましたが、なんといっても一番楽しかった仕事、それは「露天商(てき屋)」だったといいます。ある日、散歩中に露天のお好み焼き屋さんの姿を目にしました。お好み焼きを焼いてはお客さんを呼び込み、お客さんと会話するおじさんのリズミカルな姿にひきつけられ、その様子にすっかり見入ってしまいました。するとお好み焼きのおじさんは、そんな藤岡さんに向かって「お兄さん面白いかい?それじゃ、ちょっと焼いてごらん」と、その場でお好み焼きを焼かせてくれました。藤岡さんは「こんな仕事もあるのか。やってみたら面白そうだ」と考えたそうです。
これがきっかけとなり、藤岡さんは本当に露天商になりました。仲間と皆で一台の車に乗って日本中を旅するようになり、それから10年近く、自分自身のお店で、大判焼きや縁日の飴を売ることになったのでした。桜前線と共に仲間と一緒に車で移動する生活と商売は季節感たっぷりで、行った先々での人々との出会いや会話、縁日の飴玉を買いに来る田舎の子ども達とのやりとり、日本各地の郷土料理やお酒の楽しみ。色々な仕事をしたけれど、この仕事が一番楽しく、そして自分に合っていたと振り返る時、藤岡さんの瞳がキラっと輝きます。

 しかし、露天商の仕事は、安定からは程遠いものです。バブルの崩壊後、お祭り毎に露天商が呼ばれるような「古き良き時代」も変化を見せました。藤岡さん自身も50代に入り、露天商の仕事も、そして以前の建築関係の仕事も、段々と量が減ってきました。建築関係で請け負う内容が、「建てる仕事」から「解体する仕事」に変わってきたのもこの頃だといいます。そして2008年の冬。この頃を境に、仕事がぱったり無くなったといいます。さらに、翌年の2009年4月末には、寝泊りしていた仕事の寮を出ることになりました。屋根を失うことは、案外あっけないことでした。それから現在まで、藤岡さんは夜になるとファーストフード店に入り、朝になるまでそこで過ごす生活を続けています。


路上脱出ガイドを渡されて -ビッグイシューの販売を開始-

藤岡さんが『路上脱出ガイド』を手にしたのは、路上に出て1ヶ月が経過した、2009年5月のことでした。昼間の銀座の町でベンチに座っていると、3人の若い男性が通り過ぎました。その中の1人が通りすぎた後に振り返り、一瞬迷った後に藤岡さんのところに戻ってきて路上脱出ガイドを手渡しました。藤岡さんは、そこでビッグイシューの雑誌を売る仕事があることを知り、1週間後に販売を始めました。2009年5月の終わり、販売初日はどしゃぶりの雨の日でした。
「ビッグイシュー販売は、『こうやれば絶対に売れる』というルールも王道もないところが不思議だけれど、そこが面白い」と藤岡さんは感じています。「声を張り上げれば売れる訳でもないし、ディスプレイをうまくやれば売れるとも限らない。露天商と似ているところも沢山ありますしね」といいます。このような事を、淡々と語りながら雑誌を売る藤岡さんにとって、今や、ビッグイシュー販売は「路上脱出の手段」ではなくなっています。

「以前の建築関係の仕事が、最近見つかるようになってきている。しかし、建築の仕事を再開すると、ビッグイシューの販売ができなくなる。突然辞めたら、雑誌を買いにきてくれるお客さんに申し訳ないと思うし、私自身もビッグイシューを売る仕事が性に合っていると思うようになってきたところなので、そこで悩むのです」というのが藤岡さんの今の心境です。半年間の出張から帰って半年分まとめて買っていくサラリーマン、2~3日毎に同じ号の雑誌を買い続けてくれる男性客、季節が変わる毎に衣服を持ってきてくれる女性客、色々なお客様が藤岡さんのところにやってきます。露天商時代を思い出すことも少なくありません。藤岡さんの「決断」は、このお客様達とのやり取りから答えが出てくるのかもしれません。

ガイドを渡して

 藤岡さんが、夜回り活動で路上脱出ガイドを「渡す側」として参加した感想は2つ。1つは「普段ビッグイシュー事務所で会う販売者仲間が、夜になると本当にあちこちで寝ていて、その場所に遭遇してなにか軽いショックのようなものを覚えた」こと、それからもう1つは「これからも、夜回り活動には必ず参加します」。もの静かな藤岡さんが、夜回り活動を続けることはきっぱりと告げてくれた時、時々キラっと光るあの瞳がいつも以上に強く輝いて見えました。

★おまけ★

「路上脱出ガイド」札幌編.
「路上脱出ガイド」札幌編.

 その後、ボランティア市民らの手により、新たに、『路上脱出ガイド』札幌編・京都編・福岡編が作られ、配布されています。また、名古屋や湘南でも、作成を計画中です。市民の手により、地域への広がりを見せつつある路上脱出ガイド。ビッグイシュー基金から資金面のサポートをするなどして、今後も地域版の作成を応援していきたいと思います。