プロジェクトニュース

[ 2009/10/30]

スーダン渡航報告レポート/中山 美有紀【差別に苦しむ命のために】(上)


日本の大学生がスーダンで見て、感じたこと

「夢の貯金箱」では、スーダンの視覚障害学生の人たちに音声読み上げソフトを提供し、大学で学ぶ機会を提供するとともに、“ブラインドサッカー”を普及して視覚障害者の生活を変えていこうと活動している、NPO法人 スーダン障害者教育支援の会を支援しています。
先日、、スーダン訪問にあたっての意気込みを語ってくれた、日頃は日本で活動し、スーダンの現場を訪れたのは初めてという筑波大学 社会・国際学群 国際総合学類の中山 美有紀さんのレポートを上・中・下の3回にわけてご紹介します。




「アルハムド・リッラーヒ」(おかげさまで)/中山 美有紀

アブディン理事の妹・ラヤンさんと一緒に
アブディン理事の妹・ラヤンさんと一緒に

なぜ、スーダンに行くのか?

 ・・・スーダンに行くことを決めてからずっと、私の頭の片隅には常にこの問いがありました。いろんな準備をやってまで、なぜ私はスーダンに行くのだろう、と。
 そもそも私がCAPEDSに興味を持ったのは、スーダン人を支援したいと言うよりは、視覚障害を持つ人々がどのように考え、どのように物事を感じながら生きているのか、少しでも知ることができればいい、という想いからでした。大学1年生の冬に同じサークルの友達や先輩がイベントを開くというので、楽しそうだし行ってみよう、と思ったのがCAPEDSのチャリティーパーティーでした。そこでアブディン代表理事や福地理事、ヒシャム理事に会い、「この人たちはどういう風に考えているのか知りたい」と思ったことが、CAPEDSの活動に関わるきっかけになりました。
 2009年の初夏、スーダンに事務局員を2人派遣しようという話になった時、気がつくと、「あ、私行きたい!」と言っていました。行った所のないところに行きたい。会ったことのない人に会ってみたい。行けるチャンスがあるならば、行かなくちゃ。最初に頭をよぎったのはそのことで、徐々に、これはすごいことなんだということを認識するにつれ、もっと深い理由は?CAPEDSの中で「私」が行く理由は?そういった最初の問いが、頭から離れなくなりました。
 そのとき思い出したのが、「障害者支援室でのパソコン講習を通して、本が読めるようになり、データにアクセスできるようになった」という、昨年度(2008年度)のCAPEDSスーダン事業報告書に書かれていた一節でした。「今までどういう思いをもって生きてきて、この人がパソコンを使えるようになったときどう思ったんだろう。この人に会ってみたい!」そう思ったとたん、スーダンに行くのが楽しみで、待ち遠しくて仕方なくなったのです。

「ああ、これがスーダンだ」

 2009年10月3日、スーダン・ハルツーム空港に降り立ったときに照り付けていたスーダンの太陽のもとに、私が持っていたスーダンのイメージは軽く吹き飛ばされていました。私が人の話や本、webページから断片的に得ていたイメージなんて、この太陽の前ではあまりに無意味でした(実際着いたのは夕暮れ時でしたが)。
 感じるままに、見るままに、思うままにやってみよう。
 滞在中の1週間は、とにかくなにかを感じ取ることを大切にしたいと思いながら、瞬く間に過ぎていきました。その中で本当に魅力的な人々に出会い、そうした人々から、団体の活動に関わる視覚障害者を取り巻くさまざまな事象から、自分自身に対する教訓まで、ありとあらゆることを知り、学びました。彼らに出会うチャンスを与えられたことは、とても幸運なことだったのだと思います。


ハルツーム大学訪問

サイードさんにIbsarを教えてもらう
サイードさんにIbsarを教えてもらう

視察第一弾として私達が到着した翌日に伺ったのは、ハルツーム大学の障害者支援室でした。こちらの支援室は、CAPEDSの現地協力団体であるハルツーム大学卒業生の会(障害を持つ卒業生の方が運営している組織)が運営しているもので、CAPEDSが視覚障害者向けパソコン音声読み上げソフトIbsarのリースおよび購入における支援を行ったものです。2008年10月の開設から2009年9月の1年間で、この支援室で述べ50名の視覚障害を持つ人々(主に高校生~大学院生)が音声読み上げソフトによるパソコン操作を学び、web上にある情報にアクセスしたり、論文をパソコンで書いたりすることができるようになりました。
 この支援室を訪れる視覚障害を持つ人々は、パソコンはどんなものかというところから、一回2時間の講習を3週間、計24時間から34時間受講し、立ち上げ方、WordやExcelの使い方、フォルダ・ファイルの作り方、インターネット・メールの操作法、また音声読み上げソフトIbsar独自の操作法などを学びます。基礎的なパソコンの利用法を身につけることで、他のソフトや応用テクニックを身につけられるようにすることが主な目的です。
 お話を伺った後で、「せっかく来たんだから」と、講師をなさっている卒業生の会のナウラニーさんとモハメド・サイードさんに、実際にIbsarを使ったアラビア語のタイピングを教えて頂きました。ご自身も視覚障害をお持ちのサイードさんは「このキーを押すと『バー』、隣は『ター』、『スィーン』、『ズィーム』・・・」というように実演しながら教えてくださるのですが、私は、「『スィーン』を押してごらん」と言われても、複数の音が同じように聞こえたり、音声読み上げソフトの読み方とサイードさんの読み方が一緒なのかわからなかったりして、なかなか思うように打つことができませんでした。実際に視覚障害者の方でも、文字を知っていたり点字を利用したりしている人とそうでない人がおり、文字を使っていない人はまず文字を学ぶところからパソコン学習を始めなければならないということです。
 少し慣れたところで「なるべく受講者の方と同じような体験をしてみよう!」と眼を閉じてキーボードに触ってみると、今まで覚えたと思っていたキー配置の記憶が、いきなり不確かになった気がしました。「あれ、今なんのキーを触っているんだろう?この隣は『ミーム』?それとも、『ハー』?」・・・自分は視覚の記憶にこんなにも頼っていたのか。自分の手の記憶と音の記憶は、こんなに頼りなく感じるのか。
「もしかして、『支援されている』人々は、『支援している』自分よりも、すごくタフなのではないか」
 目を閉じてキーボードに触れて生まれたこの思いは、その後の更なる視察や交流を通して、ますますはっきりしたものになっていきました。


エルヌール盲学校

10月5日には、ハルツーム唯一の盲学校であるエルヌール盲学校を訪問しました。1961年に設立されたこの盲学校には現在ハルツームの視覚障害を持つ小学校1年生~8年生(スーダンの教育は8・2制)のうち10パーセント、84名(男子56名、女子28名)の生徒が在籍しています。副校長先生を中心とした教員の方々に生徒の入学条件、盲学校の先生の立場、学校の設備・制度上の問題など沢山の質問に答えていただいた後、実際に盲学校の校舎と、35人の男子生徒が暮らしている寄宿舎、教材などを作っている機材室の様子を見学させて頂きました。
 6歳から10歳の子が入学してくる盲学校の構内は、さまざまな年代の子どもたちの声やエネルギーで満ちています。アラビア語のクラスにお邪魔すると、生徒のみなさんが元気な声で「Assalaam Aleikm!」と挨拶してくれました。その声を聞いたとき、「日本の小学校の子供たちと、なにも変わらないじゃないか!」ということに気づかされ、当たり前のことなのに、とても感動している自分がいました。感動したのはなぜなのか、未だに自分でも細かく分析することはできません。
 しかし、その時、「『スーダンにいる視覚障害を持つ子どもだから』支援しなければとか、特殊教育をしなければいけないとか言うわけではなくて、日本で学校に通う小学生と本当に何も変わらない、子どもたちだから、彼らにも当たり前に、教育を受けてそれを身につけられる環境があるべきなんだ」ということを心から理解したように思いました。これは、私が日本で盲学校やろう学校の生徒と接する機会がなかったために感じたことかもしれません。しかし、障害児教育だけでなく、あらゆる教育の普及を行う際にも、こうした想いを感じることはとても大切なのではないかと考えると、スーダンと日本といった国境の違いと、障害の有無を一気に飛び越えたことは、「教育の普遍性」をより強く感じられる機会だったのではないか、と思っています。

≪スーダン報告レポート・中に続く≫