プロジェクトニュース

[ 2009/11/02]

スーダン渡航報告レポート/中山 美有紀【差別に苦しむ命のために】(中)


日本の大学生がスーダンで見て、感じたこと

「夢の貯金箱」では、スーダンの視覚障害学生の人たちに音声読み上げソフトを提供し、大学で学ぶ機会を提供するとともに、“ブラインドサッカー”を普及して視覚障害者の生活を変えていこうと活動している、NPO法人 スーダン障害者教育支援の会を支援しています。
日頃は日本で活動し、スーダンの現場を訪れたのは初めてという筑波大学 社会・国際学群 国際総合学類の中山 美有紀さんのレポートを上・中・下の3回にわけてご紹介しています。今回は2回目です。




「アルハムド・リッラーヒ」(おかげさまで)・中/中山 美有紀

ブラインドサッカーの様子。トラップどうやってやってるんだろう?
ブラインドサッカーの様子。トラップどうやってやってるんだろう?

ブラインドサッカーチーム「ヌール・アル・ハヤート(The Light of Life)

 5日の夕方と7日の夕方には、ハルツームで活動しているブラインドサッカーチーム「ヌール・アル・ハヤート」の練習を見学させて頂きました。ブラインドサッカーとは、視覚障害を持っていてもプレイできるように鈴の入ったサッカーボールとアイマスク(視力の差をなくすため)を用いるサッカーで、CAPEDSが障害者スポーツ普及事業としてスーダンでの普及を目指しているスポーツです。現在このチームはハルツーム州の管理するフットサルグラウンドや市内の空き地などで週2・3回の練習を行っており、サグラさんという方が現在選手管理、会場交渉をなさっています。これまでCAPEDSは、チーム設立から、ボールの寄贈やスペインからのコーチ招聘プロジェクトなどを通してチームを支援してきました。

 5日に伺ったときはパス練習と1対1で相手を抜く練習、シュート練習の後に練習試合、7日に伺ったときは、6日に日本から合流した福地理事も交えた練習試合を行っていました。 練習のところどころで生まれる、目を瞠るようなパスやボールトラップ、そしてシュート。使える会場が狭いせいですぐボールがフィールドから出てしまいますが、それでも練習の間私はフィールドから目を離すことができませんでした。普通のサッカー観戦と同じようにわいわい騒いでしまいそうになるのを、練習風景をカメラに収める事でこらえていました(ボールの音や仲間同士の合図が聞こえなくなってしまうので、観客が騒ぎすぎてはいけないのです)。

 練習内容とともに私の印象に残ったのは、となりのグラウンドで練習していたサッカー少年たちや、よくグラウンドを見に来るというサッカー好きな人たちが、興味深そうにブラインドサッカーの練習風景を見ていたことでした。ふとベンチで隣に座った男の人に話しかけてみると、彼はこう返してくれました。「サッカーを見によくこのグラウンドに来るんだ。目の見えない人のサッカーは初めて見たけど、目の見える選手よりも上手いんじゃないかな。」
 隣のグラウンドから面白そうにプレイを見ていたサッカー少年たちは、アイマスクしながら走っている姿が面白いのか、ときおり笑い声を上げていました。「人のプレイを笑うなんて!」と少しムッとしたりもしましたが、彼らだってサッカーが大好きな身、もし彼らが目が見えなくても、サッカーがやりたいと思うでしょう。

 こうした観客の姿から感じたことは、日本では「福祉」の面で捉えられやすいこのブラインドサッカーを、現時点でスーダンの人たちはサッカーというスポーツの一種として捉えているのだということです。「なぜ障害者がスポーツしたら新聞のスポーツ面でなく福祉面に載るんだろう(たまにスポーツ面に載ることもあるけど・・・)」・・・CAPEDSでブラインドサッカーを知ってから感じていた、日本での扱われ方の妙な違和感が、スーダンで私の見る限り無かったことを、とても嬉しく思いました。


視察を通して感じた今後の課題

 このように嬉しく思ったことも多くあった反面、話を伺うほどに見えてきた課題も山のようにありました。ハルツーム大学に関して言うならば、支援室のスペースやパソコン数が少なく、また10時から18時の支援室の稼働時間の中でも講習を行っている時間は自由な利用ができないため、せっかく講習を受けて使えるようになっても十分にパソコンにアクセスできる環境が未だ整っていないことがまず挙げられます。

 卒業生の会が障害者支援室を立ち上げた後、大学側も負けじと以前からあって活用されていなかった大学の障害者支援室を整備し、5台のIbsar搭載パソコンを設置しましたが、それでも大学に在籍する60数名の視覚障害者に対して、利用できるパソコンは最大10台しかない状況です。Ibsar搭載パソコンは高価で学生の個人所有は未だ難しいため、なおさら設備の拡充が望まれます。

 また視覚障害者の学生には、健常者の学生には必修となっているメディアリテラシーの授業履修が認められていないため、支援室でのパソコン講習をメディアリテラシーの単位として認めてもらう活動や、現在視覚障害者学生は試験時に不正防止のため下級生に代筆させなければならないという大きなハンデを抱えており、それを解消するためのパソコンを使った受験を認めてもらう活動も必要です。それに加えて今後は大学のテキストを電子化し、パソコンを通して読めるようにする作業もはじめなくてはなりません。これらの交渉および作業を根気強く進めることが今後の活動の要となるでしょう。
 盲学校における課題は、教材や施設など物質的なものと、スーダンの教育制度上のものとに分かれます。物質的な問題は、教科書を教師が自力で点訳しなければならないこと、また点字教材を作るための機材が古く、台数も少ない(16人の教師に対して点字タイプライターが5台しかなく、いずれも20年以上使用している)ため教材作成が大変なこと、施設が狭く視覚障害を持つ生徒の10パーセントしか受け入れが出来ず、またグラウンドなどもそろっていないことなどがあります。校舎に関しては、各種施設を備えた新校舎建設計画があるようですが、15年以上ストップしたまま見通しが立っていないようです。制度上の問題は、ハルツームで視覚障害者向けの中核支援校設立の動きに携わった先生にも伺いましたが、スーダンには障害児教育の教員トレーニングコースがなく、現役の教員が年に数回教育省で開催されるワークショップに参加する程度であること、盲学校に赴任を命じられる先生は全盲の先生が多いこと(必然的に目の見える先生が少なくなる)などです。

 こうした問題を聞いていると、日本の学校で教育を受けている私にとっては耳を疑いたくなるようなことも度々ありました。学校での問題、ブラインドサッカー運営上の問題、就労・労働の問題などスーダンの視覚障害者を支援する上で直面する問題はさまざまですが、根底にあるものは、社会全体にある「障害者は本来、家や村などで守られるべき」という概念であると感じています。日本でもこの概念は随所に見られますが、こうした概念をスーダンで、日本でどのように変えていくか、それが私達が向き合わなければならないもっとも根本的な問題だということを、さまざまな視察を通して痛感しました。

                         ≪続く≫