「夢の貯金箱」では、スーダンの視覚障害学生の人たちに音声読み上げソフトを提供し、大学で学ぶ機会を提供するとともに、“ブラインドサッカー”を普及して視覚障害者の生活を変えていこうと活動している、NPO法人 スーダン障害者教育支援の会を支援しています。
日頃は日本で活動し、スーダンの現場を訪れたのは初めてという筑波大学 社会・国際学群 国際総合学類の中山 美有紀さんのレポートを上・中・下の3回にわけてご紹介しています。今回は最終回です。

アルハムド・リッラーヒ—「おかげさまで」という気持ち
出発する日にアブディンさんの家族、親戚の方々が、白ナイルのほとりで、バーベキューを開いてくださいました。間近で見る白ナイルは、彼方に対岸が筋のように見えるだけで、
まるで全てを呑みこむように、それでいてゆったりと流れていました。この流れに、また雄大に流れる青ナイルが合流してナイル川になり、エジプトまで流れてゆくのです。
スーダン到着から、太陽に圧倒され、人に魅了され圧倒され、最後に大きな大きな河に呑み込まれた私は、ミスしたとき人目もかまわず落ち込んだり、簡単に勉強や日々の生活の数々の場面で妥協してしまう自分の弱さや甘さ、狭さを思い知ることになりました。帰国して1週間が経過した今も、弱く甘い自分に対して感じた悔しさは鮮やかに残っています。
耳をたよりにパソコンを使い、文献を読み、時に自力で本を点訳し、勉強に励む人々。そしてそれを支える家族の人々。視覚障害をもつ子どものために尽力する先生。見えない中でボールを無心に追うブラインドサッカーの選手達。自分の考えることにひたむきに努力する彼らを支援するなら、私だって努力する人間でありたい。いや、そうでないとならない。彼らに対して、自分が「何かやっている」と言える人間になりたい。派遣事業から帰る飛行機の中、一番強く思ったのはそのことでした。
帰国して数日が経った今、日々の授業やレポートに追われ、情けないことに早くも「適当でいいや・・・」と思いそうになるときがあります。そんなとき、ハルツーム大学で出会った文学部の学生イーサさんがCAPEDSに託してくれた、自分で全て点訳した日本語の教科書を手に取ります。私は点字を読むことは出来ませんが、初めて手にしたとき感じた言いようのない感覚が蘇ると、彼らに対して顔向けできる自分でいたいと思えるのです。
スーダンに、私がなぜ行ったのか。
今なら、NPO法人事務局員としての視察という任務を行うためだった、というだけでなく、自分の直すべき部分をしっかりと知り、目標を得るために必要だったからだとはっきり答えることが出来ます。自分よりもタフに生きる尊敬すべき人達に出会い、この人たちの力になりたい、なれる自分でありたいと思ったことは、私自身が、1学生として今回の視察で得た最大のものでした。アラビア語圏の人々がよく言う、「アルハムド・リッラーヒ」という言葉。「Thank God」という意味ですが、私にとっては、この経験を得られたことはまさに「アルハムド・リッラーヒ」の一言でした。
最後に、ホームステイさせてくださったアブディンさんのご家族、お友達、ハルツーム大学で温かく迎えてくださった卒業生の会および学生の方々をはじめとした私の出会った全てのスーダンの人々、派遣決定から今まであらゆる面で私を叱咤激励し支えてくれたアブディン代表理事、福地理事、御村事務局員をはじめとしたCAPEDSのメンバー、そして、私にこの出会いと気づきをもたらしてくださった、千葉様をはじめとした日本財団の皆様に深く尊敬と感謝の念をこめて、お礼を述べさせていただきます。
シュクラン・ジャズィーラン!
2009年10月
中山 美有紀