夢の貯金箱では皆様から寄せられた寄付を「犯罪被害にあった方」の支援のために活用しています。
理不尽な犯罪により最愛の家族を奪われた遺族の方々の声、被害者にもかかわらず、事件後の社会の冷たい仕打ちに孤立し苦しんでいる事実がニュースで報道されることは稀です。
多くの被害者や遺族の方々が、悲しみ、苦しみの中から、犠牲者の生命を無駄にせず、犯罪のない社会のために役立ててほしいと願っています。
これからお届けする「犯罪被害者の声」は夢の貯金箱が支援するNPO法人全国被害者支援ネットワークによせられた手記です。
私は2年前に報道被害を初めて目の当たりにした。そして体験をした。何故かといえば塩釜港女性死体遺棄事件に私の友人が巻き込まれたからだ。そこで見た被害者家族、また友人・知人に対する執拗な取材は、モラルも何も無いものであった。通夜のときや葬式のときにも家の前や葬儀の場に現れ、出席者にカメラを向けた。そっとして欲しいと願う被害者側の気持ちは[報道の自由]や[表現の自由]によって踏みにじられていたと感じた。また彼女の家及び、彼女の友人・知人・クラスメートの家に記者が取材にくることや、直接自宅や携帯電話に記者から電話がかかってくることもあった。これにより精神的苦痛を余儀なくされた。確かに法により[報道の自由]も[表現の自由]も保護されている。そして自由に表現をするためにも取材をして材料を集めることも必要だろう。しかし[自由]を掲げる前に個々人のプライバシーの権利を考慮に入れることを忘れてはならないのではないだろうか。
被害者の個人情報が大量に配信されているように見える。おおよその住所・家族構成・性格・人間関係やそれまでの習慣・事件までの過ごし方などだ。本当にその全てが必要なのだろうか。真実だからとすべてを公表(報道)して良いのだろうか。それは疑問であり、不満でもある。また、全くの興味本位としか受け取ることができない根も葉もない内容を目にすることもあった。これはプライバシーの侵害であり情報操作ではないだろうか。被害者が反論することができないことを利用して公表しているのか、もしくは興味・関心だけなのか。亡くなった人間に人権は認められないのかもしれないが、モラルという視点でもよく考えてほしい。ごく少数なのかもしれないが、心ない記事によって傷つけられている人間たちの存在や、精神的苦痛も配慮してほしい。
【犯罪被害者遺族の心情】という記事が掲載されていた。そこには被害者遺族の心の痛みが書かれていた。その記事の中には“間違った解釈や事実以上の報道は遺族を傷つけます”と書かれている。私はその通りだと思う。また、“報道の招いた誤解を不特定多数の人間に弁解できないことが辛かったです”とも書かれている。本当にその通りで情報を受け取った側の人間はそのまま解釈してしまいがちだからだ。また、報道関係の情報に目を向けると、事件・事故についておもしろおかしく書かれているように受け取れる。興味を抱かせ、視聴率や新聞・雑誌の売上の上昇を図ってのことだろう。だが、そのような報道機関の利益のために被害者及び被害者遺族が不快な思いをしなければならないのは不条理だろう。報道として世間に配信するならば必要最小限で誤解を招かないものにしてほしい。やはり報道という立場は、亡くなった人間の人格と遺族の人格を尊重していかなければならないものだ。
また、マスコミ(報道機関並びに報道者)は被害者及びその家族をもっと守るべきだ。日本国憲法第21条で【表現の自由】が保障されていることによって表現者は自由に記事を書くことが出来るからだ。従って表現の仕方によっては、被害者並びにその家族(親族)を守ることも可能であり、追い詰めていくことも可能である。可能であるなら是非、被害者を守る方向で【表現の自由】を利用してほしい。しかし、被害者並びに加害者に関する不必要な個人情報や記者一個人の考えを配信しないことが一番なのではないだろうか。情報を受け取る側の人間も鵜呑みにするのではなくよく考えてほしい。いつわが身に降りかかってくるのかわからないのだから。