自分らしく「いのち」を全うしたい。誰でもそう願うのではないでしょうか。
通常、在宅の終末期患者に対しては、医師の指導のもとで訪問診療や訪問看護ステーション等を利用しているケースが多く見られます。
しかしながら、高齢化が進み、一人暮らしの世帯・高齢者のみの世帯が増加しているなか、本人が望む「住み慣れた家・地域」で、安心した終末期を過ごすことが難しくなってきています。
夢の貯金箱は、プロジェクトパートナー「特定非営利法人 黎明」とともに、民家を改修し、ホームホスピス「縁(えにし)の家」を開設します。その人らしく人生を全うすることを望む方の、施設でもない、自宅でもない「もうひとつの居場所」です。医療機関や様々な職種の専門家やボランティアがチームを組み地域の協力を得ながら、暮らしといのちを支える「終の棲家」となります。
群馬県前橋市にある「和が家」は、築100年の古民家を改装した施設で、介護施設とホスピスの機能をあわせ持ついわば「小規模多機能ホスピス」です。
近年、がんと認知症を合併して発病するケースが増加しています。その場合、福祉施設や病院が受け入れに消極的になるケースは少なくありません。「和が家」では、利用者の年齢や病状、障害などにとらわれず、家庭的な環境のもと、その人らしく自由に生活できるのが特徴で、「認知症や身体機能障害を持っていても最期まで人間としての尊厳が守られ、その人らしい暮らしを送れるよう支援する」ことを目指しています。医療行為が必要な時は24時間体制で医師・看護師が往診に訪れます。
夢の貯金箱からの寄付金は、廊下や階段のバリアフリー工事に活用し、利用者の安全確保と移動負担の軽減を図ります。
「何故、自分ががんになってしまったのか・・・」突然自分ががんであると発覚したら、どれ程のショックでしょうか。自分が今後どうやって生きていくのか、その答えを出すためには自分の人生を振り返り、置かれている状況に向き合わなくてはなりません。
そんな人生の末期に直面した患者たちに寄り添うのは、家族の次に看護師です。家族で医療ケアができない患者をなんとかサポートできないか——そう考えた看護師や介護士らで組織されたのがNPO法人「たんがく」(福岡県八女市)です。
「夢の貯金箱」は、プロジェクトパートナー「たんがく」と共に古民家を改修し、古い障子や縁側から差し込む日差し、ごはんを準備する音、みそ汁のにおいなど、住み慣れた暮らしの中でSOL(サンクチュアリーオブライフ 人生の楽園)・・人生の満足度を高めてもらえるよう、あなたらしく“生きる”お手伝いをいたします。
病院の療養病床数が減って行き場のない高齢者が多い中、NPO法人緩和ケア支援センターコミュニティは、家族が安心して高齢者を預けられるような「デイサービスこの花」(福岡市西区)を運営しています。デイサービスセンターでもレスパイト(泊まり)が可能で、訪問看護ステーションにデイサービスセンターが併設されており、「この花」の利用者は表情や言葉を取り戻すそうです。
不動産会社の元事務所だった「この花」の家主さんは、それまで20年間暮らしてきたご近所を回って事前に「通所施設ができるので協力をお願いしたい」と挨拶を済ませてくれていたので、おかげで「この花」は地域の方にも受け入れられ、今は町内会にも入って活動しています。
1,000万円を超えるご寄付については、寄付者のお名前を冠した基金の設置を行っております。
下記の4つのプロジェクトは「君和田桂子基金」をもとに進められるプロジェクトです。
「君和田桂子基金」は、2005年10月に、故君和田スイさんの遺産相続人である三姉妹より「日本財団【夢の貯金箱】」に寄付された3千万円をもとに、(財)笹川医療研究財団の下に設置した基金です。
基金の名称は、故君和田スイさんのひとり娘であった君和田桂子さんが、念願の看護師勤務を目前に不慮の交通事故死を遂げられたことから名づけられました。
ホスピス勤務や進行がん患者への訪問看護を経験してきた看護士が中心となり、ケアサロン(がん患者と家族の個別療養相談、がん患者のサポートグループ)の運営を行っています。手術の是非、再発の不安、死の恐怖など、様々な思いを受け止め、病と向き合いながら生活していく道を一緒に考えていく活動をサポートしています。

終末期にあって、自宅で最後を迎えたいと願っても、一人暮らしや老老介護などの家庭の事情で自宅に戻れない患者が増えています。しかし、病院では入院期間の短縮がせまられ、患者はどんどん家に帰されています。高齢化社会では「がん」と「認知症」が同時に出るのはあたり前ですが、緩和ケア病棟では認知症などをあわせもった高齢のがん患者は終末期が比較的長いこともあり受け入れてもらえないことがほとんどです。また、認知症者のためのグループホームは、医療依存度の高いがん患者を敬遠します。

「かあさんの家」は、築40年にもなる平屋建ての借家です。そこにヘルパーやボランティアがいて患者の生活のお手伝いをしています。「かあさんの家」患者にとってもう一つの「自宅」です。自宅なので決まりはありません。どう暮らすのもその方の自由です。部屋を出ると台所があって風呂がある。だからこそ落ち着けるのです。そこで、訪問看護や往診など在宅で利用できる制度を使いながら終末期の看取りのときまで普通の暮らしを安心して続けられる「家」なのです。
ホテルのように豪華な「緩和ケア病棟」とは対極にある取り組みですが、終末期の方々に本当に必要なものがここにはあります。
「 通い 」「 泊まり 」「 訪問 」の各機能を柔軟に組み合わせ、本人の状況や介護者の都合に合わせてサービス提供時間や方法等を変化させることが出来ます。
通っても泊まっても家に来るスタッフも傍らにいるのはいつもの顔なじみ。
泊まる場所も、通いと同じ空間です。
また、民家を利用することで落ち着いた環境を作り、24時間、365日切れ目無く暮らしを支えていく環境をお作りします。
これまでに無い利用者一人ひとりを尊重した新しい在宅支援サービスで在宅での看取りまで含めたターミナルケアを行なっています。

「きぼうのいえ」は、東京の下町、「山谷(さんや)」にある在宅ホスピスです。山谷は東京のドヤ街で、多くの元日雇い労働者がドヤと呼ばれる古い簡易旅館に暮らしています。高度成長が終わり、それまで彼らを支えてきた肉体労働の仕事が激減すると、労働者の高齢化もあり、多くの住民が生活保護を受けながらドヤに住むか、生活保護を受けられずに、あるいは生活保護を受けずに、路上生活を選ぶようになりました。このような単身男性が数千人も暮らす独特の町が「山谷」です。

「きぼうのいえ」は、ちょっとした人生のつまづきからホームレスとなり、身寄りもなく、人生の苦難の中で病に倒れた方を受け入れ、あたたかい食事と、終のすみかを提供しています。
苦労に苦労を重ね、辛酸をなめつくし、天涯孤独な人生により石のように硬くなった入居者の心は「きぼうのいえ」での暮らしを通して穏やかに変わります。そして普通の病院などでは考えられない入居者とスタッフとの個人的で濃密な人間関係がはぐくまれ、入居者は心の重荷を下ろし、死を受けれながら旅立っていきます。