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みんなのいのち

「一家に一人の看護師を」。日本財団在宅看護センター開設への決意


2015年1月、「日本財団在宅看護センター 起業家育成事業」の一期生17人が、8カ月の研修を終えた。その中から早くも3月27日、山本志乃さんが「日本財団在宅看護センター」を横浜市港南区に開設。地域包括ケアが実際に動く中、地域医療の担い手としての看護師の力を最大限に発揮しようとする山本さんの意気込みを聞いた。

2015.03.26

首都圏でも不足気味の在宅看護サービス

写真少子高齢化社会の課題解決に向けて、地域の在宅ケアの施設が必要になる――。
「日本財団在宅看護センター 起業家育成事業」は、日本財団と笹川記念保健協力財団がこうした施設を経営できる看護師の育成を目指して立ち上げたプロジェクトだ。自宅での療養看護サービスの担い手としては、既に医療機関や社会福祉法人、民間企業などによる「訪問看護ステーション」が全国に約7000カ所もあるが、その多くは規模が大きくない。「日本財団在宅看護センター」は医療施設と連携しつつも地域社会に密着した看護師が、在宅でのケアと行政をつなぐ「ブリッジ」を実現する。 第一期生17人は全国から20~60代の幅広い年代が集まり、2014年6月から一人も欠けることなく15年1月に修了の日を迎えた。今後、研修生たちはそれぞれ地域のニーズに合わせた「日本財団在宅看護センター」を経営していくことになる。開設第1号となったのが、横浜市の山本志乃さん(48)だ。

写真:山本志乃さん 山本さんは、2014年6月に研修に参加するまで、社会福祉法人運営の訪問看護ステーションの管理者だった。管理者ではあるが、経営者ではない立場の難しさを実感していたときに「日本財団在宅看護センター 起業家育成事業」を知って、受講を決意したという。
「横浜市は人口が約371万人。既に200カ所以上の訪問看護ステーションがあります。その中で新しい自分の事務所がやっていけるのか、事務所の個性を出すにはどうすれば良いか、ニッチなニーズを狙わずに経営が成り立つのか。考えれば考えるほど、自分の前に大きな壁が立ちふさがるような気がしました。専門の先生に導いてほしいとすがるような気持ちで育成事業に応募しました。8カ月間、講義を受け、実習を重ねるうちに、患者や家族の個々のニーズに対して在宅の看護サービスは不足していることに気づきました。研修中、いつも私たちを見守ってくれた笹川記念保健協力財団理事長の喜多悦子先生の『学術的に考えることが大事』という言葉から、自分で物事を考えるトレーニングができるようになりました。ここで学んだあらゆることが今後のためになると思います。平成28年には後期高齢者の人口が前期高齢者を上回ると予測され、在宅看護へのニーズは高まることも予想されます。一人一人の利用者を大切に考える『在宅看護センター』をつくっていきたいと思います」

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患者自身と家族の選択を応援するための看護

写真山本さんが初めて「在宅看護」と向き合あったのは、実父が亡くなったときだという。自宅で最期を迎えたいという希望を叶えるため、山本さんは当時勤務していた病院を辞めて自宅で看護し、最後を看取ることができた。一方で、本人や家族と医師ら医療スタッフ側との意識のずれも感じたという。
「家で父の看護をしているとき、“在宅”であるにも関わらず、病院と同じようなドクターの指示に違和感を覚えたことがありました。患者自身や家族が延命を希望している場合は、治療が第一の選択肢ですが、終末期は違う選択の可能性もあります。看護師は治療を進めなければいけないと思いがちですが、医療的な情報をしっかりと提示しつつ、本人やご家族が選択することを応援するのも大事な仕事なのではないかと思いました。
今回、自分が『日本財団在宅看護センター』を開設するにあたって『キュア(治療)からケア(看護、介護)』の意識転換を、一緒に働くスタッフや利用者のご家族にも浸透させ、ご本人の意思を尊重して見守ることを大切にしていきたいと思います」

経営的な成功で良質なサービスを提供できる

写真山本さんが開設する「日本財団在宅看護センター横浜」のキャッチフレーズは「一家に一人の看護師を」。地域の人々と顔の見える関係を築き、家庭での健康相談に気軽に応えられるような存在となり、患者や家族のクオリティ・オブ・ライフ(QOL)向上に貢献していきたいという。
「私が事務所を開く港南区も訪問看護センターは16カ所ありますが、それぞれの認知度は低く、横断的な取り組みも進んでいません。日本財団在宅看護センターの設立の趣旨の通り、行政機関や市内の病院など他機関、介護職やリハビリ職など他関連職種の方との連携を深めて、共存共栄を実現することで、地域の医療、看護、介護を充実させていきたいと思います。もちろん、経営的にも成功することが重要です。利用者を集めて経営を軌道に乗せなければ、優秀なスタッフを雇って、良いサービスを提供することができませんから。8カ月の研修を通じて、在宅看護は私にとって、夢から使命に変わりました」
「日本財団在宅看護センター横浜」は、山本さんの理想に共感した病院勤務時代からの知人の訪問看護経験者7人でスタートするが、修了前に発表した事業計画では、3年目で黒字に転換しスタッフも倍増させる方針。
日本財団では5年間で200カ所のセンター開設を目指している。

「日本財団在宅看護センター 起業家育成事業」の研修内容

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6~7月の前期は講義。高齢化などの問題に関わる一般的な社会情勢の分析に始まり、医療や看護の担う役割、地域社会との連携、さらには未来の日本社会における医療や福祉の問題、在宅看護事業など幅広いテーマが採り上げられた。講師は全国的にも著名な識者や、在宅看護の第一線で活躍する実務責任者たち。また、経営者に求められる知識・技術を身に着けられるよう、経営学から実践的なマーケティング、財務管理、税務処理などの講義もあり「看護師の経験だけでは得られない知識でした」(山本さん)と受講生にも好評だった。
8月からの実習では、首都圏を中心に起業して実績を積んでいる看護師が経営するさまざまな施設を訪問した。現場の仕事を体験し、既に成功している経営者と接する中で、経営のノウハウを学んだ。実習の一環として、9月に宮城県仙台市、南三陸町で開催された「日本財団ホスピスナース研修会in東北」に参加。南三陸町では、東日本大震災で被災した3つの病院の看護部長の講演が行われ、受講生たちは命の大切さをあらためて感じるとともに、看護師の職責の重さを再認識したという。

撮影:コデラケイ