若者の夢と志を育む
子ども・若者の未来

次世代の日系人を応援『日系スカラ―シップ』


世界各地の日系社会で活躍する若者の育成を目指して始まった日本財団の「日系スカラ―シップ」。留学生たちは日本でそれぞれの専門性を深め、帰国後は日系社会の課題解決に取り組むリーダーとして活躍している。

2012.12.03

医療からダンスまで夢を叶える

スポーツ選手、音楽家、俳優、宇宙飛行士、ビジネスマン、政治家…、移住先で一定の評価を得て“nikkei”という言葉が認知されるようになった国も多い。海外日系人の数は約260万人。外交下手と言われる日本人が国際協力や国際交流を潤滑に進めていく上で、彼らはとても貴重な存在だ。
「日系スカラーシップ:夢の実現プロジェクト」は、こうした日系人の子弟に日本で学ぶ機会を提供し、世界各地の日系社会に貢献できる人材を育成しようという留学制度。自分たちの夢を実現し、それを日系社会へフィードバックしようという意識のある若者(18〜35歳)を応援することを目指している。優秀な成績や経済的な理由から付与される奨学金とは異なり、奨学金を受けられるかどうかは目的意識の高さによって決められる。

写真 このスカラーシップの特徴は、分野が多岐にわたっていることだ。医学や工学から、ファッションやアニメ、ヘアーデザインやダンスなど、バラエティに富んでいる。そのため留学先も大学院から専門学校までさまざまで、留学期間も最長5年間まで認められる。主な対象国は中南米地域だが、2009年度にフィリピン、2010年度にインドネシアからの受け入れもスタートした。

日系社会の課題に向き合う

「人として成長できると思って、このスカラーシップに応募しました」と日系ブラジル人3世の山中エヴァリスト・シウバ・ハナさんは言う。サンパウロ州サンカルロス市の高校を卒業して、2009年に来日。現在、上智大学総合人間科学部・教育学科の3年生だ。
「日本とブラジルの公立学校の教育格差について研究するためにやってきました。日本は格差社会が進みつつあると言われますが、ブラジルに比べるとそれほどではないと思います。義務教育制度など、日本から学べる点がたくさんあります。
日系人社会における社会貢献活動がもう一つのテーマです。2009年のリーマンショック以降、景気低迷によって帰国する日系ブラジル人が増え、2011年の東日本大震災はその動きを加速させました。そして、帰国後にブラジル社会に馴染めない子どもたちが増えています。公立学校に通っていた子どもたちは日本語しか話せないし、日本文化にどっぷり浸かっていたので母国での生活になかなか順応できません。ポルトガル語で話す親との溝も埋まらず、学校だけでなく、家庭でも居場所がなくなっています。留学を終えて帰国したら、こうした問題を解決していくためにまず自分に出来ることから始めようと思っています」

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小さなコミュニティにも目配りを

2013年から国際基督教大学(ICU)大学院アーツ・サイエンス研究科の博士課程で学ぶ日系ブラジル人2世の栗山カロリーナ千春さんは、日系ブラジル人子弟の問題を研究する予定だ。サンパウロ州サンジョセ・ドス・カンボス市出身の彼女は、ブラジルの大学院で学び、イタウ銀行(2008年にウニバンコ銀行と合併しイタウ・ウニバンコとなり、南米最大の銀行となった)のCSR(企業の社会貢献活動)セクションで働いた後、2010年に来日した。
「私が研究対象にしようと思っているのは、例えば静岡県掛川市や福井県越前市などの比較的小規模の日系ブラジル人コミュニティです。大きなコミュニティでは、ブラジル人同士の助け合いが可能であったり、行政の支援が行われていたりします。しかし規模の小さなコミュニティでは、そうした救いの手を差し伸べることが難しく、その負荷が特に子供たちにかかる傾向にあります。少年犯罪などが起きてしまうのもそのためです。私一人で解決できる問題ではないのですが、日系ブラジル人コミュニティに対して関心を持つ人が一人でも多くなってくれればという思いで、これからも足繁く通いたいと思っています」

留学生同士の絆を深める

2013年、日系スカラーシップが始まって10年目を迎える。毎年、5名から10名程度の留学生が選ばれ、これまでに約70名が奨学金を受けてきた。「このプログラムの最大の特徴は、留学生同士の絆を深める活動が活発に行われてきたことです」と、日本財団とともにこのプロジェクトを推進してきた海外日系人協会の中井扶美子さんは言う。
「他の日系人留学制度では、国を超えて留学生同士が連携するということはありませんでした。このスカラーシップが始まって2年後に、留学生同士が自主的に『日本財団日系留学生会(NFSA)』を立ち上げ、その活動が今でも続いています。年に2回研修会を開いたり、日系人の学校で出前授業を行ったりしています。今回の震災では被災地での瓦礫撤去なども行いました。帰国後もお互い連絡を取り合って、それぞれのコミュニティの日系人問題の解決に取り組んでいるようです。彼らは日本に対して特別な思いがあります。こうしたネットワークを生み出しただけでも、このプロジェクトの意義は十分あったと思います」

OBやOGが出身国の地域社会で活躍中

国吉フェルナンドさん

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2年間の留学を終えて2008年に帰国した日系ブラジル人2世の国吉フェルナンドさんは、現在、プロの和太鼓奏者として活躍中だ。留学先を日本太鼓連盟に選び、和太鼓の演奏技術と製作・修理技術を2年間学んだ。帰国後は出身地であるパラナ州の各地を回って和太鼓の指導を行ったり、痛んだ太鼓の張り替えなどを行ったりしている。またボランティア活動として、ファヴェーラなどの貧困地区で古タイヤを使って太鼓を作り、子どもたちに音楽の素晴らしさを伝えている。

岸本グスタボ・シゲトシさん

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5年間の留学を終えて2011年に帰国した日系ペルー人の岸本グスタボ・シゲトシさんは、国立がんセンターや獨協大学医学部で、胃がんの早期発見法の研究に取り組んだ。日本ではインジゴカルミンという着色料が胃腸の内視鏡検査用の代表的な着色色素として使われており、がんの早期発見につながっている。しかしペルーではこの着色料が高価なため普及していなかった。岸本さんは留学期間中にペルー産の紫トウモロコシの絞り汁が、その代替色素となることを発見。コストが安いためペルーでも使うことができるようになり、摘出可能な小さながんの早期発見を可能にした。現在、ペルーの首都リマにあるペルー日系病院に勤務する傍ら、自分も世話になった日系ペルー人の教育ローンプログラムの支援を行っている。

写真:ハンス・サウテル