日本財団ジャーナル

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障害者の分身ロボットが働くカフェで接客されてみたら、あまりに“ふつう”だった件

写真:片手をあげる分身ロボットと笑顔の取材記者
分身ロボットを通じた接客を体験
この記事のPOINT!
  • 難病患者や重度障害者が遠隔操作する分身ロボットが、期間限定オープンの実験カフェでテスト運用された
  • 操作する「パイロット」がその場にいるかのように会話ができることに、訪れた多くの方から驚きの声が上がった
  • 2020年には、障害者がロボットを通じて働くカフェの常設化を目指しており、障害者雇用の新しい道を開く

取材:日本財団ジャーナル編集部

オリヒメディーは、ロボット開発を通して障害者を支援する企業、オリィ研究所が開発した、人と社会をつなげる身長120センチほどのロボット。手足や舌、呼吸にかかわる筋肉が徐々に衰える難病ASL(筋萎縮性側索硬化症)や脊椎損傷など、さまざまな理由から外出が難しい難病患者や重度障害者のために開発されたものだ。自宅のパソコンを通して遠隔操作することで、会話や物を運ぶといった身体労働をともなう業務に従事することを可能にする。

重度障害者らがパイロット(操縦者)を務めるオリヒメディーが接客する「分身ロボットカフェDAWN ver.β(ドーンバージョンベータ)」が、障害者週間(12月3~9日)に合わせて2018年11月26日から12月7日に期間限定でオープン。連日満席となったこのカフェで、編集部も接客されてみた。

ロボットを通じた個性あふれるおもてなし

東京・赤坂の日本財団ビルに店を構えた「分身ロボットカフェDAWN ver.β」。オリィ研究所の吉藤健太郎さんの挨拶が終わると、オリヒメディーが拍手に迎えられながら3機入場した。

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カフェに登場したオリヒメディー

「いらっしゃいませ」の声とともに、テーブルまでオーダーを取りに来てくれたオリヒメディー。パイロットはオリヒメディーの眉間部分にあるカメラから接客相手の様子を見て接客する。会話もスムーズで、「ふつう」のカフェで「ふつう」に店員が接客してくれているのと変わらない感覚だ。

メニューはコーヒーとオレンジジュース。注文を紙に記入して、オリヒメディーの胸元に設置されたボードに挟めば、キッチンまでその紙を運んでくれる。

写真:お客さまから注文をとるオリヒメディー
胸元にはパイロットの病名や趣味などプロフィールが記されている

運んで来てくれたドリンクを味わいながらパイロットとトークを楽しむ。「働くのって大変だけど、たくさんのお客さまと出会えることで自分の世界が広がって、毎日が楽しい!」。その言葉に、健常者にとって当たり前のことが障害者にとってはどれだけ価値のあることか、会話を楽しみつつも改めて考えさせられた。

写真:取材記者を接客するオリヒメディー
遠隔操作とは思えないスムーズな接客で、会話も弾む

テーブルに乗る小さな「OriHime(以下、オリヒメ)」も登場。うれしそうにバンザイをする、照れたようにうつむいて顔を隠すなど、パイロットが会話に合わせて上手に操作しているため、とてもイキイキとして見える。どのテーブルも会話が盛り上がり、店内は笑い声で溢れていた。

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手のひらサイズのかわいいオリヒメ

またカフェの隣のスペースでは、眼球の動きで操作を可能にする「OriHime eye(以下、オリヒメアイ)」の体験ブースも用意されていた。パソコンに設置されているセンサーが視線をキャッチし、ポインターを表示させる仕組みだ。たとえば「あ」と発音したければ液晶内の「あ」がある位置へ視線を動かし、見つめる。すると、スピーカーから「あ」と発音される。これにより、障害によって声が出せない場合でも会話が可能になるのだ。

写真:パソコンを使ってオリヒメアイを体験中の取材記者
応用すればオリヒメアイで絵を描くことも可能

障害者、健常者、引きこもり…誰もが平等に能力を活かすすべ

パイロットを務める勝(かつ)なおこさんにインタビューさせていただいた。勝さんは、2017年に脊髄炎を発祥し、足が動かせなくなったという。オリヒメディーとの出会いや、分身ロボットに感じる可能性、障害者雇用に対する意見などを伺った。

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自宅にてオリヒメディーを遠隔操作する勝さん

――「分身ロボットカフェDAWN ver.β」で働くことになったきっかけは何ですか?

勝さん(以下、敬称略):テレビ番組でオリィ研究所を知ったことです。SNSでオリィ研究所をフォローしたことでオリヒメディーのパイロットの募集を知り、応募したんです。テレビ電話を使って受けた面接も無事に合格し、ここで働けることになりました。実は私、足が動かなくなるまでずっと働いていたんです。学生時代は飲食店やアパレルショップでアルバイトをしていましたし、大学卒業後は幼稚園教諭をしていたので、また人とかかわる仕事に携われることが本当に楽しみでした。

――実際に働いてみてオリヒメディーにどのような可能性を感じましたか?

勝:障害者に限らず、健常者にも役立つ技術だと感じました。たとえばフランス語を話せる人は、分身ロボットを使えばフランスのレストランで働くことだってできるんです。障害や住んでいる場所は関係なく、能力を活かすことができる。働き方の多様性が、より高まりそうですよね。

――なんだかワクワクするようなお話ですね!障害者雇用について社会に向けて伝えたいことはありますか?

勝:ひとつは障害者がそれぞれどんな知識や技術を持っているのかを、きちんと聞いてほしいということ。障害者の中にもいろいろな能力のある人が大勢いるんです。そこに耳を傾けてもらえたら、障害の有無にかかわらず有能な人材が企業にも集まるはず。それから障害のある人が、若い頃から自分の持つ能力を伸ばせる場を増やしてほしいですね。「社会に出て働く」ということを強く意識させてくれるようなスキルアップ講座や資格取得支援制度があれば、特別支援学校を出た後も自分の足で立つ強さが身につくと思うんです。

親友の声が力に。生み出された次世代の希望、オリヒメディー

最後に、オリヒメディーの開発者である吉藤健太朗(よしふじ・けんたろう)さんにお話を伺った。

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困難を乗り越えオリヒメディーを完成させた吉藤健太朗さん

――「分身ロボットカフェDAWN ver.β」オープンのきっかけを教えてください。

吉藤さん(以下、敬称略):障害があった私の親友、番田雄太との会話がきっかけでした。彼にはオリィ研究所で、小さなオリヒメを利用して、議事録の作成やスケジュール調整などの秘書業務をしてもらっていました。だけど、お客さんの出迎えやお茶出しなど、できることがもっと増えればと思っていたんです。そうしたら番田が、カフェで働きたいと言ったんですよ。テレワーク(遠隔勤務)だと寝たきりの人が働いていることが社会に知ってもらえない。でもカフェで接客していれば、多くの人に障害があっても働けることが世の中に示せるはずだから、と。そうして今回の大きいオリヒメディーを開発し、テストオープンではありますがカフェを開くまでこぎ着けました。

――オリヒメディーは、どんな可能性を秘めていると思いますか?

吉藤:障害者だから誰かに手を借りなければならない、という状況を変えられるはずだと思っています。分身ロボットを操縦することで、自分で自分の介護をすることも可能になるんです。自分の面倒を自分で見る自由、そして誰かのために働く自由を、オリヒメディーなら叶えられるのではと考えています。

2017年9月、番田さんが亡くなった。そのとき、吉藤さんはこのプロジェクトをやめてしまおうかと考えたそう。しかし「オリヒメがいれば自分のように障害があっても働けるということを世の中に知ってもらえるし、障害のある子どもたちに夢を与えてあげることができる」と番田が言っていたことを思い出し、続ける決意ができました」と、吉藤さんは感慨深げに語った。

「分身ロボットカフェDAWN ver.β」は期間限定でのオープンだが、そこで集まった1,000を超えるアンケート結果を分析し、常設化を目指す。障害の有無に関係なく、誰もが能力を活かした仕事に就ける時代が、着実に近づきつつある。

撮影:十河栄三郎

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